【刈入れの季節】⑪ 『春美/ケンの出現』
春美は【リキ】が構えると同時に、床を蹴って間合いを詰めた。
リキの強さは拳を交えるまでもなく、直感的に伝わってきた。
リキの作り出した間合いが危険なこともすぐに分かった。
だが春美の戦闘スタイルには間合いなど関係なかった。とにかくスピードとフェイントで相手をかく乱し、隙を見せたところでとどめを刺す、それが春美の戦闘スタイルだった。
♥
「それ、それっ!」
春美はそう言いながら、リキの顎をめがけ右足で鋭い蹴りを放った。
パシリと軽い音とともにその攻撃はあっさりはじかれた。
だが春美はすばやく体をひねると、今度は左足でまわし蹴りを放った。今度もまた左手一本ではたき落とされた。
さらにもう一度右
春美はその全ての攻撃を、最初の一歩で飛び上がった空中でおこなった。通常の敵ならばそのどれかは当たっているところだ。
(かなりの反射神経……やっぱり戦い慣れてる)
ネコのように音もなく着地し、春美はリキを見上げた。
♥
「まだ、まだっ!」
春美は伸び上がると同時に、さらに連続攻撃をたたきこむ。
右ストレートをリキの顔めがけて放ち、それがブロックされると今度は左フック、さらに右フック、もういちど左フックのフェイントをおりまぜて、さらに右ストレートと、目にもとまらぬラッシュを叩き込んだ。
「だいぶやりますね、お嬢さん。予想以上ですよ」
リキは春美の攻撃を手のひらで確実にブロックしながら、平然とした口調でそう言った。
♥
「まだ、まだっ!」
春美はさらにラッシュのスピードを一段階上げた。
コンビネーションにアッパーカットも加えながら、多種多彩なパンチをランダムに高速で叩き込んでいく。
それでもリキが動じないのを知ると、今度はキックも入れたコンビネーションに切り替えた。
そのまま連続で顔面を中心にパンチを叩き込み、ガードが上がってくると、すかさずキックを織り交ぜる。その一連の流れるようなコンビネーションはまるで踊っているようになめらかで美しかった。
「見事ですね。じつに美しく、無駄がない」
そういうリキの額には汗が浮き始めた。両手両足はプロックのために忙しく動き回り、攻撃を見切るために眼球はくるくると揺れている。
それでも口調だけはまだ穏やかだった。
♥
「いいね、いいよっ!」
春美はさらにもう一段スピードを上げた。
拳はうなりを上げ、ブロックにあたる音がだんだんと鈍く重くなっていく。やがて徐々にブロックの隙をかいくぐり、パンチが当たりだした。
効果的に織りまぜられたフェイントがブロックのポイントをずらし、ずれたところにパンチやキックが確実に飛び込んだ。
リキの頬、顎の先、わき腹、胃袋、ありとあらゆるところに攻撃がヒットしてゆく。
♥
「ほら、ほらっ!」
春美はスピードを保ったまま、今度はヒットする拳に力をこめていった。
春美の口元には自然と笑みがこぼれ、その瞳には狂気がやどり、暴力のもたらす甘美な快感に表情全体がとろけてくる。
そしてリキの顎が一度ぐらりと揺れ、ブロックしているにもかかわらずうめき声があがりだした。着ていたスーツは激しい動きにあちこちで破れだし、顔面のあちこちが腫れあがってきた。
「悪くないですよ、まったく悪くない……」
突然リキはガードの手を下げた。
その瞬間、春美の右ストレートがまともに顎にあたった。
が、それだけだった。
リキはまるで動じなかった。
平然と春美を見下ろし、それから両手の拳を固めて殴りかかった。
「そろそろ、こちらから行きますよ」
♥
春美はうしろにトンボを切ってそれをよけた。
そして着地すると同時に再びリキに猛然と襲い掛かった。
しかしその目の前にはリキの巨大な足が迫っていた。
首をすくめてその攻撃をかわし、さらに懐に踏み込むと、再び高速のラッシュを叩き込んだ。
またもやリキは無防備だった。そしてまるで効いていないようだった。
(なんかサンドバックでも叩いてるみたい)
再びリキの拳が春美に襲いかかり、それをよけた先に今度はキックが襲いかかった。春美は敏捷な動きで器用にそれをよけると、一度リキの間合いの外に出た。
♥
いつのまにか息が切れてきた。
自分の小さな拳を見ると、関節の皮が破れて血が流れ出していた。
と、その時、背後でガラスの割れる派手な音が響いた。
ちらりと目をやると、調理場の奥に京一の姿が見えた。
敵は京一を取り囲み、状況はかなり危ない感じだ。
だが京一の姿にあの時に見た、違和感が戻っていた。
たぶんあの時の力を取り戻したのだろう。
それならばあの人数だって敵じゃないはずだ。
♥
「お嬢さん、あなたの相手はこの私ですよ、よそ見をしている暇なんてありません」
「わかってるわよ」
春美はリキに視線を戻した。
リキは破けてしまったスーツをびりびりと脱ぎ捨て、上半身裸になった。
実に見事な筋肉をしていた。
まるで鋼の鎧だった。
♥
「あなたの攻撃はわたしの肉体の前では無意味です」
リキはそう言いながら走り出した。そして最後の一歩を跳躍すると、巨大な拳を振りかざして春美に襲いかかった。
春美が飛び上がってよけるのと、リキの拳が床を粉砕するのはほぼ同時だった。
そして春美は空中に浮かび上がった状態で、リキの姿を見下ろした。
リキの拳がすり鉢状に床をえぐっているのが見えた。
かんがえられないほどの馬鹿力だ。
(痛たそ……コブシ、潰れてればいいのに)
「油断しましたね、私の勝ちです!」
と、リキがその状態からカエルのように飛び上がった。
全身の筋肉を使い、加速度をつけて空中を追ってくる。
リキがずっと待っていたのはこの瞬間だった。
春美が空中にいる一瞬。
♥
(やば……)
リキの巨大な拳が春美に襲いかかった。
が、春美はその一撃を身をひねり、空中でなんとかよけた。
しかしリキの攻撃は終わらなかった。空中にいながら、巨大な拳でラッシュをしかけてきた。
ここが地面の上ならば動き回ることもできるが、いかんせんここは空中だった。
なんといっても足場がない!
それでも春美は攻撃をよけ、ずらし、ブロックした。
やがて二人は着地した。
わずかに春美が体勢を崩した。
そのわずかな隙をついて再びリキが飛び上がり、春美もまたジャンプで空中に逃げざるをえなかった。
♥
「あんた、やっぱり強いわぁ。予想以上」
「しゃべっていると舌をかみますよ」
再びリキが空中戦を仕掛ける。
その圧倒的なパワーの前では、春美も攻撃に転じることができなかった。
一撃でもまともに食らえばたちまち戦闘不能になってしまう。
いくら春美のスピードがリキを上回っていても、空中というこの状況では防戦するしか手はなかった。
そしてリキもまたそのことを考えて空中戦を仕掛けているに違いなかった。
いつの間にか服がボロボロになっていた。
またしてもお気に入りのブランドの服がボロボロになってしまった。
♥
(うーん。なんかダメっぽいなぁ……アイツを呼ぶしかないかなぁ……)
春美とリキは再び地面に降り立った。
春美はすばやく宙返りをして後方に下がり、リキとの間に一瞬をかせぐ間合いを作り出した。
そして――
「交代して【ケン】」
春美は呟き、スッと目を閉じた。
「ああ、マカセとけ【ラン】」
春美の口から呟きが漏れた。
♥
春美の口から漏れ出した声は、春美の声ではなかった。
その声は低く、太く、完全に男の声だった。
春美が目を開いた。だがそれは春美の目ではなかった。
目だけではなく、顔つきも、表情も別人のようにガラリと変わっていた。
「マッタク、オレにさっさとコウタイすればいいのによ」
まるで狼が敵を威嚇するように、鼻の辺りにしわを寄せ、唇を吊り上げ、歯をむき出しにして春美は言った。
♥
「ほう、あなたもチルドレンの一人でしたか……」
リキが驚いたように言った。
「……しかしあなたには見覚えがありませんね?」
「チルドレン? シラないねぇ、そんなこと。オレにはマッタク、カンケーないことだぜ!」
春美の姿をしたソレは、明らかに男の口調で答えた。
そしてウォーミングアップにものすごい音を立てて関節を鳴らした。
「それよりカクゴしとけよ、オレの【ラン】をイタメつけてくれたんだからな!」
「一応聞いておきましょう、あなたの名は?」
「オレの名前は【ケン】だ!」
そう言い捨て、ケンは狼のようにリキに襲いかかった。
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