第二部【刈入れの季節】
【刈入れの季節】① 『京一/突然の連絡』
『あの事件』から三か月の歳月が過ぎていた。
苦しい受験シーズンも終わり、京一はなんとかK県内の公立大学に合格した。
結局受かったのはそこだけだったのだが、京一にとっては幸運なことだった。公立大学は授業料が安く、手持ちの貯金でも何とか入学することが出来たからだ。
♣
合格が決まるとすぐに、京一は長年住みなれた土地を離れ、大学にほど近いアパートを借りて生活を始めた。
そのアパートはずいぶんと古く、部屋もまた狭かったが、それでも友人のツテを頼ってようやく見つけた部屋、贅沢は言えなかった。
アパートに持ち込んだのは日用品の入ったカバンがひとつ、百均で買い揃えた調理道具一式と新しい布団セットだけだった。
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(それにしても父さんはどこへいったんだろう?)
京一にはそれが一番気がかりだった。
火事の後、すぐに大学に連絡をとってみたのだが、なんと父親は火事のあった当日に辞表を提出しており、大学でも行方を知らないということだった。
電話で話していた一か月が過ぎても、父からの連絡は依然なく、もちろん帰ってくることもなかった。父は忽然と消えてしまったようだった。
仕方なく長年会っていなかった祖父のところにも電話をかけてみたが、なんと祖父まで連絡がつかず、頼れるものは誰もいなくなってしまった。
それでも大学へは連絡先の伝言を頼んでおき、定期的に電話もしていたが、やはり父からの連絡はなかった。
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ワケが分からないと言えばもう一つある。
(サキ……あいつも出てこなくなってしまった)
サキが出てきたのは結局あの日だけだった。
『また遊びにおいで』とは言われたが、考えてみればどうやってあの場所に行ったのか覚えていなかった。会いたい気持ちはあったのだが、月日がたつうちに、あの日の出来事の全てが夢か幻のように思えてくるのだった。
♣
やがて京一はあれこれ考えるのをやめてしまった。
とりあえずは間近に迫った問題、受験に専念することにしたのだ。
お金のほうは何とか確保できていたので、カプセルホテルに宿をとり、とりあえず勉強に精を出した。
結果的にはそれでよかったのだろう、今はこうして大学に合格し、新しい生活が始まろうとしていた。
♣
あの事件は一体なんだったんだろう?
それでも思いはいつもそのことに戻ってしまう。
考えれば考えるほど、京一は途方にくれるばかりだった。
京一は布団を広げ、古い畳の上に敷いた。
明日は入学式もあるし、それからアルバイトも探さねばならない。サークル活動もやってみたいし、まぁごちゃごちゃと行事も詰まっている。
今はとにかく睡眠だ。そう思ってごそごそと布団の中にもぐりこむと、急に携帯電話がなりだした。
♣
「誰だろう?」
京一はがばっと跳ね起きた。なにか変な感じがした。
携帯電話は今日買ったばかりだったのだ。
まだ誰にも番号を教えていなかったのだ。
「……もしもし桜井です」
「キョーイチ?」
それは少しかすれたような女性の声だった。その声に思い当たるといえば、あのスーパーで襲ってきた春美という女だった。
♣
「そうだけど……どちら?」
「ハルミよ。忘れちゃった?」
「まさか、よく覚えてるよ。今度はなんなんだよ?」
京一はつい怒鳴りだしそうになったが、何とかそれを押さえ込んだ。春美の方はずいぶんと親しそうなしゃべり方で、あの事件のことなどきれいさっぱり忘れているような感じだった。
「あれ? あー、ひょっとしてまだ怒ってんの?」
「わるいかよ、怒ってるに決まってるだろ」
京一は正直に答えた。
「まぁそれは、どうでもいいわ。あのさ、ちょっと出てこれない?」
「なんでだよ?」
「助けてほしいのよ、ちょっと困ったことになってね」
♣
(助けてほしい? こいつが?)
京一は驚いた。まさかそういう話になるとは思わなかった。
だがすぐに思い直した。この言葉を正直に信じてはいけない。
たぶんワナだ。なにか作戦を立てているに違いない。
「あのさ、その手には引っかからないぜ、読めてるんだ」
京一は少し沈黙してからそう言った。
あの戦いの中でサキが京一に言わせた言葉だった。
あのときのように少し凄みをきかせて言ってみた。
もちろんサキがいるわけではなかったが、どうせ気づきはしない。
♣
「アンタ馬鹿なの? ぜんぜん読めてないじゃん!」
だが春美にはあっさり見破られてしまった。
「ちがうのか? その、なにか作戦とか……」
「作戦なんてないわよ! あのね、ここは見張られてて長く話せないの。とにかく大学の、そうだな……プールの所に来て。ロッカー室の前にしましょう」
「あの、大学って?」
「あんた受かったんでしょう? あのね、わたし、アンタの先輩なの。歳は一緒だけどね」
「えっ? そうなの?」
「アンタほんと馬鹿ね、疲れるわ」
そう言って春美は一方的に電話を切ってしまった。
京一はしばらく携帯電話を見つめていたが、そっと電源ボタンを切った。
「なんなんだ、今の?」
止まっていた流れが、再び動き出そうとしていた……
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