セカンドプロローグ
【血だまりの庭】
笑い男は幸福の中にいた。
右側に父親が微笑んでいるのが見えた。そのすぐ隣で、父親とおでこを寄せ合うようにして母親の顔が見えた。
二人ともが輝いて見えた。父親は金色の髪と、深海のようなブルーの瞳を持っていた。母親も豊かな白銀の髪と、透き通るような白い肌を持っていた。
それは生まれたばかりの笑い男を、父親と母親が覗き込んでいる光景だった。
❦
笑い男は痛みの中にいた。
顔が焼けるように熱かった。顔じゅうに痛みの線が走り、そこから暖かくてぬるぬるしたものが流れていた。
そのあまりの痛みにあらゆる思考が飛び去り、ただ痛みだけしか考えることが出来なかった。笑い男は体を丸め、自分の親指をくわえてうずくまった。
すると今度は背中に痛みが襲ってきた。それは柔らかな肌にあたるたびにピシッと音をたて、皮を引き裂いた。笑い男を包み込む世界の全てが苦痛一色に染まっていった。
だがそうなれば出口は近かった。やがて痛みが消え去り、頭の中には真っ白な光があふれてきた。
ようやく平穏が訪れる。笑い男はホッとして意識を閉ざした。
❦
笑い男は混乱の中にいた。
父親と母親の会話を盗み聞きして、ラジオやテレビから流れる会話を聞いて、言葉というものを覚えた。
笑い男に危害を加えるのは父親と母親だった。最初はそれが父親と母親というものなのだと思っていた。だがどうやらそうではないらしい。
本当は父親や母親というものは子供を愛さなくてはならないらしい。
ちょうど笑い男が、父親と母親に漠然と愛を感じていたように。
笑い男はひどく混乱した。理解できなかった。それが悲しくて泣いてしまったのだが、それはふたたび両親の暴力を呼び寄せただけだった。
❦
笑い男は血だまりの中にいた。
それは父と母から流れ出した血だった。
本当はそんなことをするつもりはなかった。
笑い男は父親と母親を愛していたから。
それは彼の体が勝手に動いたせいだった。自分の命を守ろうとして、反射的に防衛作用が働いてしまったせいだった。
笑い男はハイハイをして父親と母親の所に歩いた。
長年寝かされていたから、手と足の筋肉の発育が足りないのだった。
父親と母親は折り重なるように倒れていた。
二人ともが外傷はなかったが、口からおびただしい量の血を吐いていた。内臓が破裂したせいだ。多分苦しむ暇もなかっただろう。
笑い男は二人のために笑った。
最初は微笑んだだけだったが、声はだんだんと大きくなった。
声を出しても怒られなかったので、笑い男は生まれて初めて心ゆくまで笑った。
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