【刈入れの季節】③ 『春美/京一と再会』
時刻は午後五時。春美は大学構内にあるプール施設の中にいた。
今座っているのはロッカー室前のベンチで、ここ三十分ばかりいらいらと腕時計を眺めていた。
♥
この三ヶ月は春美にとっても長い時間だった。
あの日、京一の襲撃に失敗したあと、春美は芳春と落ち合うために待ち合わせ場所に向かった。
それは駅前の喫茶店だったのだが、芳春は一時間たっても二時間たっても現れず、やがて閉店したものだから喫茶店のシャッターの前に座り込んでさらに待ってみたのだが、結局芳春は現れなかった。
(まさかファーザーに殺されたのかな?)
そう思ったのは一瞬。
だがその可能性はなさそうだった。芳春とは心の奥底でつながっていたから、芳春が死んだらはっきりと分かるはずなのだ。
♥
たぶんなにか手違いがあったのだろう。
そう思った春美は深夜にもかかわらず、ファーザーのいる大学へ向かった。
大学の裏側の塀からこっそり忍び込み、『櫻井夏雄』の名前を頼りに校舎を探した。だがようやくその部屋を見つけた時、春美が見たものは空っぽになった室内だけだった。
だがここで戦いが起こったのは間違いなかった。
綺麗に片付けられてはいるが、ガラスの細かな破片がそこらじゅうに飛び散り、その破片の隙間に血の跡が残っていた。
そう。確かに二人はここで戦っている。
分かるのはそれだけ。どちらが勝ったのかは分からなかった。
問題はその後だ。
――二人はどこへ消えたのだろう?
♥
春美はとりあえずその場を立ち去った。
今度はファーザーと京一が暮らしているアパートへ向かってみた。が、その近くにたどりつき、あたりをうかがっていた時に、目的のアパートが突然爆発した。
なにがなんだか分からなかった。
と、その時、やたらと背の高い【ハリガネ】のような体つきをした男が一人、アパートの裏から飛び出してきた。ハリガネは春美とすれ違ったが、振りかえりもせずに裏道を走り抜け、ちょうどそこに走ってきた黒塗りのベンツに乗り込んで消えてしまった。
それはまさにあっという間の出来事だった。考えるまでもなく爆破したのはあの男だろう。だが追いかけても間に合わないことははっきりしていた。事態は手におえない方向へ向かいだしているようだった。
遠くに、驚いている京一の姿を見かけたが、その時はその場を後にした。
♥
あれから三ヶ月、京一の動向に目を光らせながら、独自に芳春の姿を追い求めていたが、手がかりは何一つ見つからなかった。
京一のほうも父親の行方を探しているようだったが、どうやら何も分からないようだった。こうなれば、あとは京一と手を組むほか選択肢はなかった。
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「よう、来たぜ」
その京一が現れた。ジーンズにTシャツという姿だった。見るからに不機嫌そうで、たっぷり警戒している感じだった。が、本人が見せているほど怖いわけではなく、春美にとってはむしろかわいい感じさえした。
「遅かったわね」
「時間は約束してないだろ。それより、いきなり襲ったりしないだろうな?」
「そのつもりなら、わざわざ呼び出したりしないわよ」
春美はバッグを取り上げると、ロッカー室を出て、外へ出ていった。
いちおう後を付けられていないか辺りをうかがってみたが、その気配は感じ取れなかった。
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「あのさ、オマエ、何の用なんだよ?」
「あんたのお父さんに関わる話よ、そしてわたしの
春美は大学の中をどんどんと歩いていき、やがて食堂の中に入った。
部活動を終えた学生たちが様々なユニフォーム姿で集まっていた。春美が食堂に入ると、ほとんどの学生が春美の姿を目で追った。
春美はその視線を一身に受けながらも、堂々とした足どりで通路の真ん中を歩き、食堂の一番端の席に座った。
♥
「灰皿見つけてきて」
春美は京一に命令してから、煙草を取り出して火をつけた。
「あのさ、ココ禁煙だと思うけど?」
京一の言葉など聞こえなかったように、春美はじっと京一を見つめた。
さて一体どこから話したものだろう? 京一は自分の父親が『ファーザー』と呼ばれる怪物であることを知らない。
もちろん芳春が彼の父親を殺そうとしていることも。
「あんた、父親がどこにいるか知ってる?」
春美はまずそう切り出した。
「父さんになにか関わりがあるのか?」
「そうよ、あなたのお父さんは犯罪者なの、で、わたしの彼があんたのお父さんを殺そうとしたんだけど、二人ともいなくなっちゃったの」
春美は一気に核心だけ言ってみたが、京一は何も分かっていないようだった。
まぁこんな話をしても、にわかには信じられないだろうが。
案の定、京一はポカンと春美を見つめていた。
♥
「あのさ、何の話かさっぱりわからないんだけど?」
春美がギンと睨みつけると、京一は慌ててそう言った。
「あのね、わたしも全部知ってるわけじゃないの。ただあなたのお父さんはあなたの思っているような人間じゃないわ。『ファーザー』と呼ばれている組織のナンバーツーで、実質的な支配者だったの」
京一は少しなにか考えたようだったが、あきらめたようにため息をついた。
「さっぱり意味が分からないけどさ、まぁ話を続けてよ」
♥
「昔ね、その『ファーザー』って言う組織は、子供だけを集めて何かの人体実験をしていたらしいの。詳しいことは分からないけど、ずいぶんとひどい実験だったらしいわ、その子供たちの大半は死んでしまったらしいんだけど、何人か生き残った子供もいたの」
「それがキミの彼氏なの?」
「そう『
「俺の父さんはそんなタイプの人間には見えないけどな、あんまり家にいなかったけど、優しかったし、俺には悪いことは一つもなかったよ、もちろん異常でもない。普通の父親だった。人違いじゃないかな?」
「あのね、それは仮の姿なのよ」
春美は少し身を乗り出し、タバコを挟んだ指先を京一に向けた。
♥
「それにね、あなた自身、本当の子供じゃないと思うわ。これはわたしの勘だけどね、たぶんあなたもその施設の生き残り」
わずかだが京一の表情が曇ったのを春美は見逃さなかった。
「……なんか証拠でもあるんなら話は別だけどさ、信じられないよ」
春美は少し考えた。もちろん証拠などあるはずがない。
と、ファーザーの部屋で見たものを思い出した。あれは大量のガラスのかけらだった。部屋中をガラスの小物や何やらで飾っていたに違いない。
そして京一の方は逆に異常にガラスを恐れていた様子があった。
春美はカマをかけてみることにした。
♥
「あなた、お父さんがガラス細工が好きなの知ってた?」
「父さんが? まさか。たしかに俺はガラスが苦手だけど、父さんだって好きじゃなかったよ、そう言ってたし」
ビンゴだ。春美は心の中でほほ笑み、ゆっくりとタバコの煙を吐き出した。
「思った通りね。あなたのお父さんの研究室はガラス製品だらけだったわ。それも繊細で壊れそうなものばかり。コレって何かあると思わない?」
「……思わないね」
そう答えた京一の表情を見て、春美は手ごたえをつかんだ。
まずはこれで共闘の第一歩を踏み出せたようだった。
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