【刈入れの季節】④ 『芳春/キル、邂逅』
芳春はパーキングエリアに車を入れると、出口に近い一番端のスペースに車を停めた。しばらくすると、思った通り黒塗りのベンツも入ってきた。
ただスモークシートを張ってあるので、中に誰が乗っているのかは分からなかった。パーキングエリアは空いていたが、ベンツは十台分ほどの距離をあけて横に停まった。
「どうしんだ? 停めたりして」
ファーザーが声をかけてきた。そして背筋を伸ばしながら、まっすぐに座席に座りなおした。
「休憩だよ、何時間運転してると思ってるんだ?」
「ふむ。まぁ、いいだろう」
♠
ファーザーは車から降りると、大きく伸びをしてトイレに向かって歩き始めた。芳春も車から降り、煙草に火をつけてしばらくその背中を眺めた。ちらりとベンツに目をやる。が、出てくる様子はなかった。
(いったいどっちを狙っているんだろう?)
芳春はファーザーと少し距離を置いて、自動販売機のほうに歩いていった。背中を見せるのは気が進まないが、尾行に気づいていることを知られたくなかった。
まさか春美だろうか? そんなことも考えたが、多分違うだろう。彼女がそばにいればはっきりと分かるはずだった。
♠
芳春は自動販売機で缶コーヒーを買い、それを飲みながらざっと状況をあらためた。エリアの中に停まっている車は三台。全部で七人ほどがこのサービスエリアを歩き回っている。家族連れが一組、カップルが一組、あとはトラックの運転手が一人だ。空気はひんやりとして涼しく、山から流れてくる空気は爽やかで、とても静かだった。
目的のベンツはエンジンをかけたままじっと停まっていた。今のところ出てくる様子はない。車の後ろから細い白煙がゆるゆると昇っているのがみえる。
♠
「あと、どれくらいでつくんだ?」
ファーザーが隣にきてそう言った。
「もうK県の中に入ったよ、でもあと二時間はかかるかな」
芳春は缶をごみ箱の中に放り込み、煙草を灰皿にこすりつけた。ベンツはいまだ沈黙したままだ。残念だがまだ動いてくるつもりはないらしい。
そう思って歩き出したときだった。
ベンツの助手席の扉がゆっくりと開いた。
♠
中から現れたのは、ひょろりと背の高い『ハリガネ』のような感じの男だった。短めの髪の毛を全て逆立たせ、ぴっちりとしたレザーパンツをはき、丈の長いレザージャケットを羽織っている。
みたところではパンク野郎のようだ。男は扉を閉めると、まっすぐ芳春に向かって歩き出した。その後ろでベンツがよろよろと後退し、やがて入り口に向かってゆっくりと走り出した。
この時点で、二人組み以上であるのは確かだ。
♠
「ファーザー、あれはあんたの知り合いかい?」
芳春はそのハリガネ男をにらみつけたまま、隣に立つファーザーに尋ねた。
ファーザーもまたポケットから煙草を取り出し、火をつけたところだった。
「いいや、アイツが気になるのか?」
「まぁね、ずっと尾けてた」
「どうして早く言わなかった?」
「おもしろそうだから」
「キミを追っているのなら、そんなのんきなことを言ってはいられないぞ」
「狙いはあんたかもよ?」
♠
そう言っている間にも、ハリガネ男は長い脚を静かにスライドさせて、どんどんと近づいてくる。
男はニヤニヤと口元に笑みを浮かべていた。だが目は笑っていない。
途中で子供が一人、ふざけているうちに男の進路をふさいだが、男の顔を見て慌てて逃げ出した。
ちらりとベンツに目をやると、ベンツは入り口いっぱいに横向きに停車し、入ってくる車を停めているようだった。
「ちょっと待てよ……」
ファーザーが呟いた。
そして眼鏡を下にずらし、覗き込むようにハリガネ男のことを見た。
それからハリガネ男と同じように、口だけでにんまりと笑った。
♠
「これは、これは! 芳春、あいつはおまえの友達じゃないか! 同窓会でも予定していたのか?」
ファーザーがハリガネ男に向かって歩き出し、迎え入れるかのように立ち止まった。ハリガネ男もまたその三メートルほど前で立ち止まった。
ファーザーはスポーツジャケットにチノパン姿、対するハリガネはパンクスタイル。文化人の父親と、その不肖の息子と言った構図だ。
ただハリガネはファーザーよりもかなり背が高く、完全に見下ろしている格好だ。
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「よぉ、ファーザー。久しぶりじゃねェか」
「キミのことはよく覚えているよ『アキノリ』くん。キミも生きていたんだねぇ、まったくうれしいよ」
「悪いが、あんたに用はないんだ、ファーザー。用があるのは、そっちのヨシハルだけだ。あんたはひっこんでな」
「こらこらアキノリ、キミはずいぶんと性格が変わったようだな。昔はもっと大人しくて優しい子だったのに」
「そうかい? おまえの知ってるアキノリならもう死んだも同然さ。
俺の名は【キル】
あいつの別人格だったが、いまは主人格と入れ代わっている」
♠
その言葉を聞いて、ファーザーの背中がびくりと震えるのが見えた。
そしてファーザーがゆっくりと芳春を振り返った。
「聞いたか? 芳春。おまえも気をつけないと、アキノリくんのようになるということなんだぞ」
その横を、キルが足音も立てずにスッとすれ違った。まるで影のようにひそやかに、猫のように敏捷な動きだった。
キルはファーザーの横を風のように通り過ぎ、芳春の前に立ちはだかった。
♠
「久しぶりだな、ヨシハル?」
芳春は【キル】が味方なのか敵なのか判断がつかなかった。
間近で見るとハリガネ男の瞳、その右の瞳は真っ赤な義眼だった。
赤いビリヤード球のような義眼の中央に、真っ白い瞳孔が描かれ、さらに瞳孔の中央には黒い
(だいぶイカレてるな、分かるのはそれだけか……)
♠
だから芳春はためらわなかった。敵だろうと見方だろうと、とにかく屈服させ、支配下に置けばいいのだ。話はその後でいい。なんならコイツを使ってファーザーを殺せばいい。
ポケットに入れておいたスマートフォンに指を伸ばし、あらかじめセットしておいた曲を呼び出した。
微かに、だが荘厳に、ワグナー『神々の黄昏』が流れ出す。
あらゆるものに死か服従を迫る【バイ】を呼び出すメロディー。
だが、その瞬間、想像だにしないことが起きた。
「……ブルーローズ……」
突然ファーザーが呟いた。
そのとたん、芳春の意識が真っ白く輝き、芳春は気を失ってしまった。
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