第三部【種の発芽条件】
【種の発芽条件】① 『京一/死の直前で』
(こいつが……逃れられない死なのかな……?)
ガクリと膝をついた京一の体から、血とともに力が流れ出していった。
視界がじわじわと暗くなり、まるでトンネルの中を後退していくように、周囲に闇がたちこめ、光がどんどん小さくなってゆく。
それにつれ、あらゆる感覚が現実から遠のいていった。
(これが……死ぬことなのかな? 俺は本当に死ぬのかな?)
♣
そこで全てが凍りついた。
遠ざかっていった光は、針先で
暗闇の中で静かに、そのまま小さくまたたいている。
「――キョウイチ、聞こえておるな?――」
サキの声がゆっくりと、はっきりと聞こえた。
同時に目の前の暗闇に、ぼんやりとした緑色の炎が燃え上がった。
その炎の中から、サキの猿に似た小さな姿が浮かび上がった。
「ああ、聞こえてる。君の姿も見えるよ、ごめん、やっぱりだめだったな」
京一がそう言うと、サキはゆっくりと首を横に振った。
♣
「まだじゃよ……確かに一撃目の矢はおまえの肩に刺さっておる。だがそこから先は、ワシの予測した世界の中じゃ」
「そうか……まだ死んでないのか……ま、よかったよな、だろ?」
京一は明るくそう答えた。
だが事態はどうにもならないほど、サキでも取り返しのつかないほど、ひどく悪化しているのだけは理解していた。
「すまないな……また、お前に痛い思いをさせてしまった……」
サキは涙ぐみながらそう言った。
こっちこそ、ごめんよ。キミを泣かせてしまって……
京一はそう思ったのだが、今はサキの言葉の続きを待った。
♣
「キョウイチ……ワシらはお前に痛い思いをさせないために、存在しておるんじゃ。だのに、ワシらはまた、お前を守ってやれなかった……」
サキの目からポロポロと涙がこぼれ、白いひげに吸い込まれてゆく。
「大丈夫だよサキ、これぐらい。俺はもう子供じゃないんだぜ」
二人だけしかいない意識の中で、京一はサキの目線にしゃがんだ。
「……だが仕方がなかったんじゃ。これしか方法がなかったんじゃ」
サキは潤んだ瞳を乱暴にごしごしとこすった。
「意味がよく分からないんだけど……コレには何か理由があるのか?」
「ああ。お前とこういう形で会うためには、お前にギリギリのところまで来てもらわなくてはならなかったんじゃ……」
♣
そしてサキの体から緑色の炎が消えた。
サキはそのまま京一に向かってひょこひょこと歩いてくる。
京一はしゃがみこんだ姿勢のまま、サキが近づいてくるのを待った。
「【サイコガーデン】にたどり着くためには、実は二つの方法があるんじゃ。一つはおまえも理解したとおり、ガラスが割れる音を聞くことじゃ。
その理由はワシにもわからない。何か良くない思い出とつながっているのだろう。だからその音を聞くと、無意識のうちにお前は現実世界からサイコガーデンに逃げ込んでしまう。
……それが一つ」
サキはさらに近づき、ついに京一の目の前までやってきた。
しゃがみこんだ京一の目の前に、サキの顔があった。
ひょろりと伸びたキツネのような鼻が、京一の鼻に触れるほどに近づいていた。間近で見るサキの双眸は、鮮やかなグリーンをしており、その瞳孔は爬虫類の目のように縦に割れていた。
だがサキの顔も姿も、恐ろしいものではなかった。
むしろ不思議と愛くるしく、静かに涙を流している姿は、なんとも言えず抱きしめたくなるような姿でもあった。
「それで、もう一つは?」
♣
「もう一つの方法は、死の直前まで近づくことなんじゃ。
お前の精神、肉体、思考は、死から逃れるためにあらゆる可能性を尽くす。その結果としてお前はサイコガーデンへと飛ぶことになるんじゃ。
あの【地下牢】には、お前が生き残るためのあらゆる能力が隠されているからな」
京一はサキの目を見てじっとうなずいた。
「お前は本来なら、あのサイコガーデンで、とうに殺されていてもおかしくなかったんじゃ。実験と称する、ありとあらゆる肉体的、精神的な暴力の数々を受けてな。
それでも、お前はかならず生き残ってきた。
生き残るために必要なあらゆる能力を考え、それを作り出し、それを使うことで幾多の死を乗り越えてきたんじゃ。
たとえお前は覚えていなくても、お前はそういう子供じゃった。そしてお前の肉体、精神は今もそのことをちゃんと覚えていた」
もちろん全貌が見えたわけではない。
むしろ分からないこと、理解できないことの方が多い。
それでもサキの言葉には心に触れる何かが流れていた。
♣
「だから、俺は今、この場所にいる。そういう事なのか? そのためにお前がここに、この場所に迎えに来てくれた、そういうことなのか?」
サキはコクリとうなずいた。
「これからワシと一緒にサイコガーデンに行くんじゃ。あの場所に封じ込めた仲間と力を開放するんじゃ」
「……自信はないけどさ、サキが一緒なら大丈夫な気がするよ」
それが京一の本心だった。
その言葉を聞いてサキもまた微笑んだ。
「ありがとうよ。さぁ目を閉じるんじゃ、実際にそうする感覚でかまわん……」
サキはそっと京一の肩に手をかけた。
「……さぁ行こう、
その小さな手のひらからぼんやりとしたぬくもりが広がり、同時に視界が暗闇を吹き飛ばして白く爆発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます