【種の発芽条件】② 『京一/新たな仲間』

「何度来ても、ここは寂しいところだな……」


 京一は再びサイコガーデンの荒れ果てた庭に立ち、ぐるりと周囲を見回した。見えるのはいつも同じ光景。荒れ果てた庭、水の枯れた噴水、その真ん中にいる大理石の女神像。そして目の前には白いペンキが無惨に剥がれ落ちた洋館。


「さて、行こうかの」

 その声に足元を見下ろす。今回はサキが一緒だった。

 サキが杖をつきながら、先に立ってひょこひょこと歩き出した。


「なぁ、ちょっと待てよ。サキ」

 京一はすぐに追いつくと、サキの脇の下を抱え上げ、両肩の上にひょいとのせた。


   ♣


「おい、なんのマネじゃ、いったい?」

「あのさ、肩車してやるよ」

 そう言った京一だったが、自分でもどうしてそうしようと思ったのか、よく分からなかった。ただなんとなく、サキを楽しませてあげたい、そう思ったのだ。


「肩車じゃと? いや、まぁいいか……なんだか、懐かしいような、嬉しいような感じがするな」

 そう言ってサキはそっと京一の髪の毛をつかんだ。


と一緒に、ここに来れるとは思わなかったんだ。そのお礼だよ」


 京一はサキを肩車したまま、傾いた扉の隙間から、屋敷の中に入り込んだ。

 とたんに冷たい空気が二人の体にまとわりついた。

 それでも京一は自分の髪を掴むサキの手の平のぬくもりに、何とも言えない暖かみを感じた。


仲間ナカマか……なんともいい響きじゃの」


   ♣


「ところで、これからどういう奴を呼び出すんだ?」

 京一は頭の上のサキを見上げてそう言った。


 サキは京一の頭を掴み、ちょっと見下ろして答えた。

「まずは【カゼ】を呼び出すつもりじゃ」


 カタカナ二文字だったな。京一は牢獄の扉に刻まれた文字を思い出した。

 閉じ込められた人格はみなカタカナ二文字の名を持っている。

 サキもそう。そして名前は能力を暗示しているらしいことも分かっている。

 サキの場合は【先】を見通す能力だ。


「カゼって名前なのか。そいつはどんな能力を持っているんだ?」

「あやつはな、とんでもなく素早いんじゃ。とにかくけるのがすごくうまい。そよそよと漂うように、時にはすごいスピードで、いろんな風のように動けるんじゃ。あいつの力なら、攻撃のほとんどをかわせるはずじゃ」

 サキは顎ヒゲを撫でながら、懐かしむようにそう言った。


   ♣


「その【カゼ】ってやつ、そんなにすごいのか?」

 だが正直ピンとこない能力でもある。よけるのはいいが、それだけであの戦闘から生還できるとは思えなかったのだ。


「ああ、そりゃもう! じゃがな、あいつだけじゃ戦いには勝てん。カゼはそれこそ流れる空気、風そのものじゃからな」

 そう言ってサキはフフンと鼻をならした。

「……なにやら心配そうじゃの。じゃが安心せい。


 それはさすがに予想外だった。

 てっきり開放するのは一人だと思いこんでいたのだ。


「今回は【カゼ】と一緒に【ドン】を開放する」


 今度は【ドン】か。そのネーミングセンスがなんとも無邪気というか、妙に子供っぽさを感じさせる。考えてみれば、彼らを命名したのは幼い時の自分なのだ。


   ♣


「お前さんは覚えておらんのか? 【ドン】はとんでもない力持ちじゃった。初めてドンが現れたとき、五歳くらいだったお前さんは、大人を二人も軽々と投げ飛ばしてしまったんじゃ」


 もちろんそんなことは覚えていなかった。

 記憶が欠落しているという感じが近いかもしれない。


「悪いけど覚えてないんだ。昔のことはほとんど記憶がないんだよ」

「そうか。まぁそうじゃろうな。ドンはな……まぁ悪い奴ではないんじゃが、とにかくしておってな。まぁ会えば思い出すじゃろ」


 ドンか。いったいどんな奴なんだろう?

 ドンという響きはなんとなく【鈍】という言葉を連想させた。

 怪力はあるが、スピードはノロいのかもしれない。


 だがカゼと一緒に戦うことが出来たなら、それこそスピードとパワーを同時に手に入れることが出来るのかもしれない。


 京一はカゼやドンに会えるのを楽しみにしている自分に気が付いた。

 そんな気持ちになったことがなんだか嬉しくなって微笑んだ。

 そしてサキもまた嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「ここには、ずいぶんといろんな奴がいるんだな」

「ああ。全てお前さんが考え、生み出した者たちじゃよ」


   ♣


 京一はサキとそんなことを話しながら、地下牢へと続く階段を降り、通路いっぱいをふさぐ鉄格子の前までたどり着いた。

 やはり、つい先ほど訪れた時のままだった。天井で裸電球がゆっくりと揺れ、床にはとぐろを巻いた蛇のように、切られた鎖が落ちている。


「さて、ここからだな」

 京一はサキを肩から下ろし、ポケットから鍵を取り出すと、牢獄へと続く格子扉をそっと開いた。ギイイイと扉がきしんで開くと、サキは慣れた様子でさっさと前に立って歩き出した。


「サキ、あんまり急ぐなよ」

「なにを言っとるんじゃ。お前さんこそ、ちっとは急げ」


 頭上で裸電球がぼんやりと灯り、風もないのにユラユラと、メトロノームのように規則正しく揺れていた。

 その揺れる光に浮かび上がるように、分厚い木のドアが、通路の奥に向かってずらりと並んでいるのが見えた。


   ♣


 サキが少し振り返って、そう言った。

 そのまま京一が追い付くのを待っている。


「……こいつは特別な奴でな、ひどく気まぐれじゃが、じつに頼りになる」

「今度の奴はなんていう名前なんだ?」

 京一がそう聞くと、サキはあごひげを撫で、緑色の目を愉快そうに細めた。


「こやつは……。ワシは苦手じゃがな」


   ♣


 しばらく歩いたところで、サキは一つのドアの前で立ち止まった。京一は目を近づけてネームプレートをみたが、やはりよく読めなかった。

 右手の指先でなぞってみると【カゼ】と刻んであるのが分かった。


「鍵は持っておるな?」

 サキの言葉に京一はうなずいた。全ての扉を開けることができるマスターキー。京一は右のポケットに手を入れ、先ほど使ったばかりの鍵を再び取り出した。


「まずは一人目、との対面だな」

 京一は鍵を取り出し、そのまま鍵穴に差し込もうとして……ためらった。


 この鍵を差し込むとき、中に閉じ込められた人格を解放するとき、その人格がかかえていた記憶がよみがえることを思い出したのだ。


「怖いか? キョウイチ」

 サキの声は少し心配そうだった。同時に『いつくしみ』と言うのだろうか、不思議な感情を感じ取った。


 確かに怖かった。

 だが、京一がためらったのは一瞬だけだった。


 京一は自分のためだけに戦っているわけではなかったからだ。

 京一はサキのために、まだ見ぬ他の仲間たちのために、戦っていたからだ。


「大丈夫だよ、サキ。これはの戦いだからな」


 そう言うと、京一はまっすぐに鍵を差し込んだ。

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