【種の発芽条件】③ 『京一/記憶の続き』
その瞬間、再び
サイコガーデンでの現実が急激に遠ざかり『過去の記憶』という世界に飛ばされていく感覚があった。やがて白い世界に徐々に色がにじみだし、その縁をゆっくりとなぞるように輪郭が現れた。
最初に見えたのは、自分の目を覗き込む真っ青な瞳だった。
それから金色の髪が現れ、がっちりとした若い外国人の男の顔が現れた。
だがその顔は尋常ではなかった。
その白い肌にはおびただしい血が飛び散っていた。
♣
(……この男は……)
京一はその男の顔に見覚えがあった。
ごく最近に出会った顔。初めてサイコガーデンに来たあの時、ナイフを持って追いかけてきた男の顔だった。ただずいぶんと若く見える。サイコガーデンで追いかけてきたのは中年という歳だったが、その男はまだ二十代の青年に見えた。
(【レイ】はこの男を【ファーザー】と呼んでいた)
京一はそれを思い出していた。
そのファーザーが、幼い京一の目の前で、目線を合わせるようにしゃがみこみ、ジッとその目を覗き込んでいた。
♣
「こんにちは、キョウイチ君」
ファーザーはまるで外国
だがその時の京一は、ファーザーが右手に持ったナイフが気になって仕方なかった。指先で柄をつまみ、しゃがんた膝の間でユラユラと揺らしている。その刃が放つギラリとした光、その刃先からポタポタと流れ落ちている血の雫……
「おや? キミはまだ、お口がきけないのかな?」
そこに別の声、低くかすれた声が、静かに差し込まれた。
「おい、ファーザー……」
突然の声に幼い京一はびくりとして、声のした方向を見上げた。
ファーザーから少し離れたところに、もう一人の男が立っているのが見えた。
こちらは日本人の男で、短く切った乱切り髪に丸眼鏡をかけていた。血だらけのトレンチコートのポケットに深く手を突っ込み、天井から吊り下げられた二人の死体を見つめていた。
その時になって京一は気がついた。
この光景は、京一がサキを解放したときに見た、吊り下げられた父親と母親らしき人間の死体を見つけた直後の、その光景の続きだった。
♣
「ったく。これは、やりすぎだ……」
その男は丸眼鏡を少し下にずらして、ファーザーの背中に語りかけた。
その男の目を見た瞬間、京一の心臓がドキリと脈打ち、全身から血の気が引いていった。
(まさか、そんな……)
その男の目……それは見覚えのある目だった。
右の瞼だけが二重になった、特徴的な目。
それは、父親の、桜井夏雄の目だった。
(どうして父さんがここに……?)
その父親のその姿もかなり若い時のものだ。雰囲気もずいぶんと違う。
それでもその男は京一の父【夏雄】だと確信できた。
♣
「なにもここまですることないじゃないか。ったく、コートが血まみれだ。コレじゃ、もう着れないだろうが」
夏雄が言った。それでもコートを脱ぐ気はないようだ。
ファーザーは振り返りもせず、京一の目の前にしゃがんだまま答えた。
「トラウマを作るためだよ、普通に殺したんじゃ、だめなんだ。記憶が強烈に残るようにやらないと意味がないのさ」
ファーザーにそういわれて夏雄は肩をすくめた。
そしてずらしていた丸眼鏡を元に戻した。
「ハルト、お前はいつもやりすぎだ……ったく」
♣
(これは……どういうことなんだ? どうして父さんがファーザーといっしょにいるんだ?)
それから京一は春美の話を思い出した。
父親もまたファーザーの呼ばれる『組織』の一員だったこと。自分が何かの人体実験をされていたこと。
(これもその光景なんだろうか?)
(春美の話は全て本当のことだった、そういうことなのか?)
ただファーザーが組織であり個人だった、という意味、そこだけがよく分からない。夏雄もファーザーと呼ばれていたようだし、この金髪の男もファーザーという存在らしい。正直、意味が分からない。
♣
「それよりナツオ、この子は本当に【異能者】なのか?」
ファーザーはそう言った。
「……この怯えきってるだけの、ただのガキが【異能者】だってのか?」
ファーザーはそう言って、京一の前髪をそっと、ナイフを持っていない方の手でかき上げた。
「ああ、情報に間違いはない。ただこの子は、あまり強い能力を持っているわけじゃなさそうだ。あとは組織が回収するんだから、これ以上は構うな」
夏雄はイライラとした様子でファーザーにそう言った。
だがそこに愛情と言うものはなかった。ただただ厄介ごとを増やしたくない、それに巻き込まれたくない、そんな気持ちしか伝わってこなかった。
♣
「ナツオ、キミとはとことん意見が合わないな。いいか、素質は大して問題ではない。私たちがその能力を育ててやればいいんだからな。それについていけなければ死ぬだけだ。生き残れれば、素質があったという事なんだ。常にテストと結果、その繰り返しの中で正解を探すだけなのさ」
「そんなやり方してちゃ、誰も生き残れないぜ」
「それもまた結果さ。素質があるものはいなかったという結果だ」
「お前とはやっぱり意見が合わないよ」
「さて、キョウイチ君、キミに最初のテストだ」
そう言ってファーザーはナイフを持ち上げ、くるりと逆手に持ち替えた。
鋭い切っ先が銀色の光をギラリと放ち、その先端からポタポタと血のしずくが京一の顔にすべり落ちた。
♣
その血はまだ暖かった。
それは吊るされている京一の両親から流れた血だった。
幼い京一の背筋に恐怖が走った。
殺される……瞬間的にそれがわかった。
逃げなきゃ!
一歩あとずさったが、いきなりファーザーに右手を捕まえられた。
「おい、待て、ファーザー! 殺すな! せっかく見つけた実験体だ!」
若い頃の夏雄があわてて、ファーザーの元に駆けよろうとした。
だがファーザーは慌てたふうもなくこう言った。
「まずはここから生き延びてみせろ。キョウイチ」
そしてナイフが振り下ろされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます