【刈入れの季節】⑨ 『春美/アクセル開』


 春美は一瞬で状況を見てとった。


 舞台は学生食堂。

 ズラリと並んだ長机と、丸イスがたくさん。

 敵は全部で五十人以上。

 そのうち本格的な戦闘経験者と思われるのは五人。

 飛び道具を持っているのが三人。

 あとは体つきがごついだけの筋肉連中。

 彼らの持っている凶器のことは考えなくてもいいだろう、どうせ素人だ。


 そして……

 春美はちらりと京一を振り返る。


 ……


   ♥


「悪いけどサ、自分のことは自分で守ってよね」

「ああ、それくらいなら大丈夫……だと思う」


 京一と話している間にも、食堂の左右、二つの入り口からはさらに学生たちが一列になって雪崩れ込んでくる。


「ならいいの。アタシも好きにやるつもりだから……」

 背中を合わせた京一が微かに動揺したのを感じる。


「――ふッ――」

 春美は一つ短く息を吐いた。


 血がたぎる。

 その目が鋭く敵を見据える。

 これだけの人数、敵は明白な殺意を向けている。

 戦う理由はそれだけで十分。

 相手にとって不足はない。


「向かってくるのが悪いんだからね」

 春美は指の関節をぽきぽきと鳴らし、さらに首の関節も鳴らした。


   ♥


「全力で、いかせてもらうわよ」

 春美は誰にも聞こえないほど小さく呟くと、いきなり、手近にあった長い机の端をむんずとつかんだ。

 そのまま腰を落としながら回転力をつけ、かなりの重量がある机を学生たちの固まりに向かって投げ飛ばした。


 机は鋭くきりもみ回転しながら、まともに群集の中心に飛び込んだ。

 まさに不意の先制攻撃、一瞬だが学生たちに動揺が走った。


 春美はその結果を見届けるまでもなく、すぐに次の机を掴むと、今度は反対側からやってきた固まりに向かって投げつけた。

 それはまさにミサイルかバズーカのよう。

 机は轟音と共に生徒を跳ね飛ばし、ガラス扉を砕いて突き刺さった。


   ♥


「ほら、あんたもぼっとしてないでイスでも投げなさい!」

 春美は京一にそう言いながらも、さらに手近な机を引っつかみ、一撃目をかわした連中に向かって槍のように投げつけた。

 三メートルはあろうかという机が次々と宙を舞い、人を押しつぶし、ガラス窓を砕き、壁に激突し、売店の棚に次々と突っ込んでいった。


「ほら、ボサっとしない!」

「は、はいっ!」

 遅れて京一も手当たり次第にイスを掴んで投げつける。


 食堂中に派手な破壊音があふれ、短い悲鳴があちこちで起こり、ブワッと埃が舞い上がる。


   ♥


「まぁ、先制攻撃はこんなとこね」

 春美は手のひらをパンパンとたたいた。


 成果は上々。およそ半分の学生がすでに床にのびていた。血を流しているものもいれば、手や足が本来なら曲がらない方向に向いているものもいる。

 さらに春美を中心に周囲はすっきりと片付き、ちょっとしたダンスホールのようになっていた。


   ♥


 と、残った半分の学生たちがほこりの中から立ち上がった。

 その目つきは憑りつかれたように、今の現実を理解してないように、妙にユラユラと揺れている。ただ戦意だけが、理由のない殺意だけが、その目に灯っていた。


「ゴォォォォェァァ!」

 野球部の男が金属バットを握り締め、奇声を発しながら突っ込んできた。

 それを追いかけるように、周りの人間たちもすぐに春美に向かって殺到する。


「そうこなくちゃ!」

 春美もまた軽やかにステップを踏むと、キュッとスニーカーを軋ませ、敵に向かってまっすぐ走り出した。


   ♥


 先頭を切って走り出した野球選手が、最後で短くステップを調整し、春美の頭めがけて渾身のフルスイングを放った。

 鈍い銀色に輝くヘッドがビュッと空気を切り裂き、春美の眼前に迫る。

 だが……


っ!」


 春美はわずかに身を屈めてそのスイングを軽々とかわし、逆に鋭い左フックを野球選手の顎に叩き込んだ。

 野球選手は一瞬で白目をむき、芯が抜けたように膝からクタリと崩れた。


 あまりに鮮やかなカウンターの一撃。

 京一すらもその一瞬、春美の神速に目を奪われた。


   ♥


っ!」


 春美はさらにジーンズの後ろポケットに両手をいれ、メリケンサックを取り出した。それをすばやく両手に嵌め、ギチリと拳を握りこむ。

 同時に、完全装備のアイスホッケー男が目の前に立ちはだかり、木製のスティックを春美の額めがけて振り下ろしてくる。


 春美は冷静すぎるくらいにゆっくりと、振り下ろされるスティックを眺めた。それから口の端をニヤリとつりあげた。十分対処できるスピードとパワー。焦ることはない。この程度なら完全に対処できる。それを一瞬で見て取る。


 春美がそのままスティックに向かって拳を突き上げると、メリケンサックに触れたスティックがたやすく二つに割れ、さらに伸びた拳はまともにホッケー男の顎を捕らえ、砕いて、宙に打ち上げた。


っ!」


 春美は歌うようにそう言うと、続いて左右から襲い掛かってきたホッケー男の二人目と三人目のスティックをかわし、カウンター気味に次々とその側頭部をガツンと殴りつけた。


   ♥


 その全てが流れるような、一瞬の無駄な動作もない、華麗な動きだった。

 だがダンスはまだ始まったばかりだった。


 春美はその二人を影にして、今度はスッと横に動き、背後から野球部員に襲い掛かった。尻を蹴とばし、仲間にもつれたところを縫うように動き、次々とメリケンサックの一撃でとどめを刺してゆく。


 が、今度は短パン姿のサッカー部が現れた。ためらいも手加減もなく、渾身のキックを振りぬいてくる。

 が、春美の動きはそれ以上だった。

 やすやすとその攻撃をトンボを切ってかわし、逆に軸足の膝を蹴りつけた。それだけでありえない方向に膝が曲がり、悲鳴とともにサッカー男が膝を押さえてガクリと倒れこむ。


っ!」


 春美は崩れ落ちたその背中を足台に、さらに空中に飛び上がると、今度は落下する勢いをくわえて柔道男の脳天にかかと落しを振り下ろす。

 あまりにトリッキーな動きに翻弄されたのか、柔道男は防御する暇もなくその攻撃をまともにくらい、やはり白目をむいて倒れてゆく。


   ♥


 春美は常に相手のふところに飛び込んで戦った。

 春美は一対一なら絶対に負けない自信があったし、ふところの間合いは周りの敵が手を出しづらくなるからだった。


 春美は猫のようにすばやく敵の中を動き回り、懐に飛び込み、メリケンサックで次々にとどめを刺していった。

 その中には空手をやる男や、テコンドーの選手などもいたが、彼らの攻撃が春美に触れるよりも早く、春美は彼らの手や足を一撃のもとに粉砕していった。


   ♥


ぉ!」


 春美はさらにスピードを上げ、敵の集団の中を風のように駆け抜けた。水牛の群れに飛び込んだライオンさながらだった。その凶暴な力は近づくものすべてを牙にかけ、相手が倒れるのを見届ける間もなく、次々と手近な獲物に襲い掛かっていった。


 春美の周りにつむじ風が立ち上がり、その風は血を巻き込んで吹きあれた。

 春美の力はあまりに異次元で圧倒的だった。

 振り返ったときには、起き上がっている人間はいなかった。


   ♥


「こんだけ? もう終わり?」

 彼女の周囲には意識を失った学生たちがズラリと倒れていた。

 その爆心地で春美はガンとメリケンサックの拳を合わせた。

 正直言えばあっけなかったが、圧勝というのは気分が良かった。


「どうよ? 見てた?」

 そう言って京一の姿を捜したのだが、意外にもその京一の姿が見えなかった。京一がいた辺りには黒山の人だかりができて、なにやらもぞもぞと動いているのが見えるだけだ。


「あちゃー。ったく、世話のやける奴……」

 春美は再び走り出した。

 が、今度は数歩も行かないうちに、一人の男が立ちはだかった。


   ♥


 かなりの大男だった。身長は百九十センチ近く、体重も百キロをこえているだろう。まるでプロレスラーのような体つきだった。服装はスーツ姿だが【ゴムマリ】のような体格のせいで今にもはちきれそうな感じだ。


「あんた、初めからいた?」

 最初にをつけていたのは五人の戦闘経験者。

 実は彼らはまっさきに倒してあった。


 京一の手には余ると思ったからだ。

 だがこいつはその数に入ってなかった。

 見逃したのだろうか?


「てか、学生じゃないよね?」

 ゴムマリの答えは無言だった。

 ただじっと、測るように見つめてくる。


「ま、いいけどさ」

 春美はスッと腰を落とし、わずかなフェイントを織り交ぜながら、すばやくその距離を詰めた。

 

   ♥


っ!」

 口調は軽いまま、しかし拳には必殺の気合を込めて春美は右ストレートを繰り出した。身長差があったため、飛び上がるようにしてまっすぐゴムマリ男の顎を狙った。

 パシッ。手ごたえがやけに軽かった。

 春美の拳は大男の手のひらにすっぽりと収まっていた。

 

(こいつ、強いな……これは用心してかからないと……)

 春美はすぐに頭を切り替えた。


 京一のことも気にかかるが、まぁ何とかするだろう。なんといっても一度は自分と対等に渡り合っているのだ。


 今はこのゴムマリに全力で向かわなければならない。

 油断するとやられてしまいそうだ。


   ♥


 春美はすぐに左フックをゴムマリの腕めがけて繰り出した。

 ゴムマリ男は反射的に春美の腕を離し、一歩下がった。


(離したのかぁ……正解っ!)

 今のやり取りだけで相手の力量も分かった。

 手を離さなければ、そのままガード不能の連続攻撃へと移るつもりだったのだ。


「へぇ。強そうだね」

 春美は両手からメリケンサックを抜くと、ポケットの中に戻した。


「あなたも強そうですね」

 ゴムマリ男は思ったよりもソフトな感じの声で、丁寧に話しかけてきた。


「あたしは春美、拳法をやるんだ」

「わたしは【リキ】、わたしも拳法を少しやります」


 春美は腰を落とし、左手をスッとゴムマリ男に伸ばし、右手の拳を腰に構えた。


「同じ流派ですかね?」

 対するリキも春美と同じ構えをとった。

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