ウィリアムepisode 7
「わかりました」
シャーロットは決意したように大きく頷くと、ぱっちりとした目を僕に向けた。
「ウィリアム様の代わりにわたくしが、怒ればいいのですね」
「…………………ん?」
僕はまばたきをする。ちょっと待って。なんか今、僕が思っていた返事がこなかった。
「え……。えっと?」
思わず尋ね返すと、シャーロットはまだ幼さが滲みそうな顎を大きく縦に振って僕に言った。
「ウィリアム様のお立場であれば、そうそうご自身のことでお怒りになどなれませんものね。大丈夫です。ウィリアム様に暴言を吐くような輩は、このシャーロットが代わりに怒鳴りつけてやりますからっ」
爛々と目を輝かせ、肩に力を入れて僕を精一杯見上げる彼女を見ていたら。
だんだん。
腹の底がくすぐられたような、可愛さと言うか愛しさがこみあげてきて。
「そうか」
思わずそんな風に笑って頷いていた。
「ウィリアム様は、本当にユリウス様がお好きなのですね」
そんなことを言われ、なんだか僕は噴き出して笑う。「そうかな」。そう彼女に問うと、大きく頷かれた。「でもね」。シャーロットはそう言い、小鹿のような大きく潤んだ瞳を僕に向けた。
「ウィリアム様が、ユリウス様をお慕いなさる以上に、わたくしはウィリアム様のことが大好きです」
盛大で必死なその告白を、僕は、しばらく無言で聞いていた。
「初恋は、実らないんだよ?」
数十秒眺めた後、僕はシャーロットに言う。シャーロットはにっこり笑って僕を見た。
「わたくしの初恋はたしかに実りませんでした。だって、ウィリアム様は、わたくしのことを覚えていらっしゃいませんでしたから。初めての失恋ですわ」
ですからね、とシャーロットは続ける。
「今、わたくしがウィリアム様に対して抱いているこの恋愛感情は、初恋とは別物ですの」
なんだか上手く言いくるめられたようではあるけれど。
僕は苦笑して頷いた。
「そうだなぁ。じゃあ、君が、あと3年経っても僕のことを好きなら、結婚しようか」
二十歳なら問題ないような気がする。……気がするだけ、なんだけど。
「本当ですの?」
シャーロットが大声を上げるものだから、僕は慌てて言葉を付けたす。
「もちろん、君のご両親が納得なさって、僕も殿下から許可を得られたら、の話だよ?」
「わたくしの親は問題ありませんっ。わたくし自身だってそうですわ!」
シャーロットはそう言って、嬉しげに微笑んだ。
「だって、一四歳の頃から、ずーっと好きなんですもの。これからも、ずーっと好きに違いありません」
臆面もなくそう言われれば。
年甲斐もなく、照れて顔が赤くなる。
「良かった! 今日はとっても良い日に……」
なりそうです、と言った彼女の語尾は、彼女自身のお腹が鳴る音に消えた。
「お腹すいた?」
僕は首を傾げて尋ねるのだけど、彼女自身は絶望したように顔を隠して蹲ってしまった。
「え、ちょっと?」
「ああ、もう、最悪」
ついさっき、今日はとっても良い日、と口にした彼女は、死にそうな声でそう呟いている。
「もう、ウィリアム様はきっとわたくしのことをハシタナイ娘だとお思いになっているわ」
「いや、思ってないから」
「せっかく、婚約が決まりそうなのに」
「いや、それも3年後の話でね」
「もう駄目。もう最悪。もう嫌。もう死ぬ」
こりゃ、思い込みの激しそうなお嬢さんだ。
僕は腹を抱えて笑い出しそうなのを必死で思い留め、僕の足元当たりの芝生にうずくまって石化しそうなシャーロットに声をかけた。
「今からダンスが始まるみたいなんだけど、抜け出してご飯食べに行く?」
数十秒後、彼女は顔を覆っていた掌から、そっと目だけを出して僕を見た。
「……ご飯?」
「館を出て、街の方に行こうよ。僕が知ってるお店だけど、それでいい?」
「街?」
彼女はぱっと立ち上がると、ぶんぶんと首を縦に振った。
「行きたいですっ」
シャーロットはそう言うと、デコルテまで真っ赤になって少しうつむいた。
「実は、このドレスを着るために、朝からご飯を食べてなくて……」
今度は我慢できずに吹き出してしまった。そりゃ大変だ。お腹も鳴るはずだ。
「じゃあ、行こうか」
僕が彼女に腕を差し出すと、シャーロットはしばらく僕を見上げ、それから腕を組むんじゃなくて、手を握った。
まぁ。
彼女がそれでいいなら、と。
僕は庭の出入り口に向かって、シャーロットと手を繋いで歩く。
「こうやって、歩きましたのよ。あの時」
不意にそう言われ、僕は彼女を見下ろした。
庭のかがり火を内包した瞳は、孔雀石のようで、思わず僕は彼女に見惚れる。
「ウィリアム様は、左腕にアリスを抱えて。わたくしとは右手でつないで」
シャーロットは嬉しげに、そう教えてくれた。
「アリスがねだるものですから、ウィリアム様はたくさん、こどもむけの賛美歌を歌って下さって。わたくしたち3人は、夜道を歌いながら歩いたんです」
そう言って、小さな声でシャーロットは賛美歌を歌い始めた。
鈴の転がるような。
澄んで、透明な歌声で。
『一体、貴方はどんな女の手に落ちるんでしょうね』
もうとっくの昔に別れた、ミランダの言葉を、また思い出した。
その時は肩を竦めただけだったけれど。
困ったな、と苦笑しながら、僕の手を握って歩く彼女を見下ろす。
こんな子どもの手に、あっさり落ちちゃったよ、と。
その後。
館を二人で抜け出したことを後日知ったアレクシア殿から、僕は問答無用で、背負い投げをくらった。
彼女の体調の完全復活の日は近い。
床にしたたかに背中を打ち付け、僕はそう思った。
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