第5話 俺が一番にお前を見つけた

「ついて、何をすればいいのですか」

 私が尋ねると、ジュリアはただ一言で説明した。


「いればいい」

「……はぁ」

 返事ともなんとも言えない言葉が思わず口から飛び出る。相当な間抜け面でもしていたのか、ウィリアムは小さく吹き出した。

「もう少し、詳しくお伝えしてくださいよ」

 ウィリアムはちらりとジュリアの顔を見てそう口添えをしてくれた。ジュリアはため息をつき、険のある瞳を私に向ける。


「ただ、いればいい。暴漢が襲ってきたらさっきみたいに撃退してくれればいいし、襲ってこなければ、ただ立ってろ」

「立ってるだけでいいんですか」

「お前、でかいからな」

 その一言が、ぐさりと心に刺さる。うう。盾にでもさせる気だろうか。


「俺はここ最近、成長期のせいか、背がぐんぐん伸びて、人目があるところでは容易に立てない。立ったら、でかい女だとそれだけで訝られる」

 だから、さっきも館主の前では地面から立たなかったのか。

 なんとなく納得している私を、ジュリアは指さす。

「お前みたいにでかいのが隣にいると、なんとなくカモフラージュになるだろ」

「まぁ、そうかもしれませんが……」

 私は腕を組み、ふぅ、と息を吐く。

「ご質問してもよろしいですか?」

「給料のことなら、館に戻って家令に言ってくれ」

 そう返すジュリアに私は笑って首を横に振る。

「給料は人並にいただければ。そうではなく」

 私は首を傾げる。


「どうして、女性の格好をなさっているのか、と」

「お前は、好きで俺がこんな恰好をしていると思っているのかっ」

 途端に睨まれて噛みつかれんばかりに怒鳴られた。私は首を竦める。


「それは、ジュリアの出生にかかわることなのです」

 ウィリアムがとりなすように割って入ってくれた。

「先王ジョージ様が崩御なさった折、王妃様はご懐妊がわからない状態でした。ヘンリー様が王として立たれ、その御子であるチャールズ様が立太子なさった後に、王妃様は先王の御子がお腹に宿っていることにお気づきになられました」

「そのお子がジュリアなのですか」

 ウィリアムは頷く。

「本来であれば、先王ジョージが身罷られた後、ジュリアに王位継承権は移動しますが、すでに王位はヘンリー王に移ってしまいました。そこで、ヘンリー王は、『生まれた子が女児ならば姫として扱い、男児ならば僧院に入れる』とおっしゃいました」


「で。生まれたのが俺だ」

 ジュリアはドレスを蹴るようにして足を組み替え、つまらなそうにそう言った。

「おじい様は、俺を僧院に入れることを断固として拒否し、王家にも『女児が生まれた』と報告した」


 拒否した。女児が生まれたと報告した。

 ジュリアのおじい様がそうおっしゃった理由を、私はいくつか思い浮かべてみる。

 僧院に入れるのは可哀想、と思った。あるいは、成人したのち、正当な王位継承者と主張するつもり。あるいは……。


「いずれ、時機を見て、俺を正当な王位継承者として世に出したいんだろう」

 ジュリアは吐き捨てるようにそう言った。

 私はちらり、とウィリアムを見る。ウィリアムはわずかに笑みを浮かべたような顔のまま、表情を動かさなかった。


 多分、そうなんだろう。

 私は小さく息を吐く。

 ……どうしたものか。

 正直、私はそう思う。


 これは、非常に危ういところに就職してしまった。


 多分、さっき庭師に扮した男たちに襲われているのも、ジュリアの出自にまつわることで、だろう。

 ということは。

 今後もこのような危険が常につきまとう、ということだ。

 実際、ジュリアは『暴漢が襲ってきたらさっきみたいに撃退してくれればいい』と言っていた。


 私は家庭教師と言うよりも、完全に『護衛士』として雇われた、ということだろう。


 ……これは、話が違う。

 話が違うが……。

 私は目の端に、ちらちら映るウィリアムの右手が気になって仕方がない。

 私が『この就職辞めます』とでも言おうものなら、あっさり剣を抜いて切り殺されそうだ。

 現に彼は、一向に鯉口から手を離さない。


「ところで、ヴォルフヤークト家は、最近お取りつぶしになったんじゃなかったか?」

 ジュリアは背もたれから体を起こして私を見上げた。

 私は頷いて説明する。

「父が亡くなりましたので、王家より爵位を返上するように、と」

「お前以外に姉妹はいなかったのか? それともお前のように職を探しているのか?」

 ジュリアは少し首を傾げて私を見上げる。やっぱり、そんな仕草はとても可憐だ。

「私以外は他家に嫁ぎました」

 ジュリアは不思議そうに眼を瞬かせた。


「お前はなんで嫁に行かないんだ」

 その言葉に、ウィリアムが小さく咳払いをする。

 気付けよ。

 そう言いたげな視線をジュリアに向けて、何度か咳払いをするが、当の本人は気づいていない。

「お前もそう思うだろ?」

 ジュリアは不思議そうにウィリアムにも尋ねるが、ウィリアムは困ったように顔を反らす。

 困るよね。

そりゃあ、困るよね。「そう思うだろ」って言われても、ウィリアムは私が、「嫁がなかった」訳じゃないことに気づいてるもんね。


「ああ」

 そのウィリアムの様子を見て、なにか察するところがあったらしい。ジュリアは人の悪い相変わらず悪魔のような眼で私を見て、にやりと笑う。


「嫁げなかったんだ」


「いくつかは、私の方からお断りしましたっ」

 私は大声で主張する。嘘ではない。断ったのは1件だけで、あとの一八件の見合いは先方から丁重に断られているが、嘘ではない。

 ……ちょっと、誇張しただけ。


「ふーん」

 腹立つっっぅっ。

ジュリアは馬鹿にしたようにそう言うと、ちらりと私を見た。

「ま。結果、俺のところに就職できたんだから、万事上手く行ってるんじゃね?」

 そおおおおおおかなぁ。

 私は訝しげに思いっきり眉根を寄せてジュリアを見るが、ジュリアは満足そうに頷いている。


「俺が一番にお前を見つけたんだからな。光栄に思えよ」

「……はぁ……」

 私が曖昧に返事をすると、ジュリアは綺麗な顔のまま笑顔で私を見た。

 ふと。

 結婚して、他家に嫁いで幸せそうに微笑む姉妹たちの顔が思い浮かんだ。

 別に私だって、結婚をあきらめたわけじゃない。

 食べていくことを優先した結果、「就職しよう」と思い立ったわけで。

 その結果が。

 どえらいことになってしまった。

『貴女様によいご縁がありますように』

 侍従頭が言った言葉がよみがえる。

 よい、ご縁……。ねぇ。


 こうして、私の奇妙な就職が決まった。

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