第28話 お前は、俺が他の女と一緒に居ても平気なのか

「おじい様の思い通りになんてもうならない」

 どこか不貞腐れたように言うジュリアは、ちらりと私を見た。


「ですが、ロゼッタ卿のおっしゃることも正しいのでは?」

 恐る恐る口にする。

 多分、怒るだろうな、と思いつつそう言うと、想像通り怒り狂った。


「どこがだよっ。何がだよっ。女になれだの男になれだの、気まぐれで言いやがってっ」


 ジュリアは立ち上がって私を見下ろして怒鳴る。

 同時に近くに雷がまた落ち、私は首をすくめた。


「ジュリアにしかできないことがある、ということです」

 立ったままのジュリアを、見上げる。


「ジョージ王の遺児として、この国でできることをするべきじゃないか、とは私も思います」


「できること?」

 顔をゆがめ、鼻で嗤った。


「国を乗っ取る事か? 馬鹿馬鹿しい」

「乗っ取るのではなく、立て直すのでしょう?」


「エドワードやあのクソじじいの理想の国にな」

 苛立ち紛れに言葉を吐き出すジュリアを見上げたまま、言葉を続ける。


「私はまだ王都や周辺領の変化を知りません。ジュリアもご存じないのでは?」

 口を開き、なにか言いかけたものの、彼は黙ったままだ。


「姉のエマも言っていました。王は散財し、王都は疲弊している、と。おまけに王都を作りかえる噂まで出ていて、皆不安なのだ、と」

 ジュリアは唇を噛んで、ただ私の声を聞いていた。


「ひょっとしたら、ロゼッタ卿やエドワード王子の言っていることが正しいのかもしれない。それを確認してから、家を出る決意をしてもいいのではないですか?」

 ジュリアは無言で私を見下ろしている。

 その瞳から、目をそらさない。


「私の父がよく言っていました。逃げたものには必ず追われる、って。だから一歩もひいてはいけない、と。問題はその場でその都度片付けるほうが効率的だ、って」


「……お前のお父上の至言は、ありがたくお受けしよう」

 ジュリアはそっぽを向いてそう言う。

 その姿は全然、ありがたく思っていない。


 頑固と言うか、聞き訳が無いというか。

 私は、口から零れ出そうな溜息をなんとか飲み下した。


「お前を初めて見た時にさ」

 ジュリアは両腰に手をあてて、不意にそんなことを言いだす。


「あの、東屋ですか?」

「そう」

 ジュリアは私の方を見ずに頷く。


「俺の領は海港があるから、外国との交渉が多いんだ」

「存じてます」


「美術品も入って来るんだけれど。その中に宗教画があってさ」

 ジュリアの言う宗教画とは、この国の絵画法とは違い、遠近法や陰影を多用したものだろう。


「すごい好きな絵があって。その天使の画に、お前が似ててさ」

「……私?」

 眉をしかめて思わず聞き返す。


 ジュリアは改めてそうだ、とは言わなかったけれど、確かに異国の画であれば、私とどこか共通点があってもおかしくはない。


 思い返してみると、確かにジュリアは私を見た時、ものすごく驚いた顔をしていた。


「綺麗な娘だな、って思ったんだ」


 いきなりそう言われ、頭の中が真っ白になる。


「お前はなんとも思わないのか?」

 ぼそり、とそっぽを向いたまま尋ねられて、慌てて意識を引き戻す。


「何が、ですか」

 真っ赤になった顔をごまかすように、わざとぶっきらぼうに尋ねた。


 ごろごろ、と遠くで雷が鳴っている。

 どうやら雷はこの辺りから移動し始めているようだ。


「俺がおじい様の言うとおり、さっきの肖像画の気に喰わねぇ不っ細工の誰かを妻にして、その他大勢を妾にして……」

 ジュリアはぐっと唇を噛んで、顔をこちらに向けた。


「それでも、お前はなんとも思わないのか」

 ジュリアの言葉に、今度は私が言葉を飲む。

 

 あの肖像画の誰かを妻にする。

 彼自身がそう口にしただけで、心臓が締め上げられたように苦しくなる。


「だけど」

 喉のつかえを吐き出すように、声を絞り出す。


『その娘はダメだ、ユリウス』


 ロゼッタ卿の言葉が胸を刺す。


 私では無理だ。私にはその価値がない。

 私には、ジュリアの隣に立つ資格がない。

 いたたまれなくなって、ジュリアから視線をそらす。

 土間を見つめ続けたが、次の言葉が見つからない。


「俺は」

 ジュリアが言う。相変わらず、顔が上げられない。


 ロゼッタ卿の言うとおり、国を立て直してはどうだ、と言う私は、だけど一方で、ロゼッタ卿の勧める結婚話は受けるな、と言えるのか。


 私自身が、すでに矛盾の固まりだ。


「俺は」

 焦れたようにジュリアが言い、私の両肩を掴んだ。


 びっくりして顔を上げると、ジュリアの真剣な双眸にぶつかった。


「アレクシアが、王子と踊りたいっていうから、叶えてやろうと思って……。エドワードと踊れるようにセッティングした」


 あの日の舞踏会のことだ。


「だけど」

 ジュリアは腰を折り、私の顔を覗き込む。その、青い瞳から、目を逸らせない。


「お前とエドワードが踊ってるのを観て、いらいらした。お前に触れるエドワードを殺してやりたいって思った。お前は……」

 ジュリアは、堅い声で尋ねる。


「お前は、俺が他の女と一緒に居ても平気なのか」


 そんなもの。


「平気じゃない」

 言った途端、目から涙がぽろりと零れ落ちた。

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