第26話 その娘はダメだ、ユリウス

 結婚相手。

 胸に小さな棘が刺さったような痛みを覚えつつ、目の前の5枚の肖像画を見る。


 どの女性も、顔が丸くて、ほっそりしていて、とても柔らかそうだ。


 黒髪で、のっぽで、体は筋肉でなんだか堅そうな……。

 そんな私みたいな肖像画は一枚もない。

 おまけに、ロゼッタ卿は公爵だ。それに見合う家柄の女性なのだろう。身に着けている宝石の大きさが見たこともないサイズだ。


「これから王となるのだから、それ相応の女性を娶らねば。お前の父であるジョージ王が私の娘を見初めたようにな」


 ロゼッタ卿は誇らしげに言い、ちらりと私を見た。

 今まで、気取りのない紳士だと思っていたけど、その目の奥の冷たい光に気が付いて、思わず数歩下がる。


「女性関係の醜聞は人格を貶める。私が選んだ、お前にふさわしい相手との結婚が必要だ」


「父が自分で母を見初めたように、俺も自分の相手は自分で見つけます」

 ジュリアが突き放すようにそう言うが、ロゼッタ卿はだだをこねる子どもをあやすように笑った。


「お前はまだ若くてわかっていない。一時の気の迷いで婚姻関係を創る物ではない。これは、投資や人脈つくりに使えるものなのだ」


「おじい様にとっては、俺がそうなんですね」

 ジュリアは青い瞳をまっすぐにロゼッタ卿に向けていた。


「投資や、人脈つくりの為に、俺はこれまでも、これからも利用されるんですか」

「お前は私にとって大切な孫なんだよ」

 ロゼッタ卿は両手を広げてジュリアに訴える。


「そしてお前は、王になる男だ」

「今まで女として育てて来たくせに」


「この日の為に、女として育てたんじゃないか」

「俺の気持ちも聞かずにね」


 ロゼッタ卿は、大げさにため息をついて首を横に振った。

 やけに芝居かかったその動きがさらにジュリアの神経を逆なでさせているが、本人は気づいていないらしい。


「お前は王都の現状を知らないからそんなことを言うんだ。あの街は、ジョージ王が作った異国にさえ誇る『花の都』ではなくなった。

 街には浮浪者があふれ、食べるに困ったものは、こどもからも食事を奪って食べるさもしい街に成り下がったのだ。

 王都だけではない。この国の領民を見ろ。みな、重税にあえいでいるではないか」

 ロゼッタ卿はジュリアを見ると、さらに熱っぽく訴えかける。


「この国に必要なのは、先王ジョージの再来だ。直系の男子であるお前が必要なんだ。

 今、王都に噂を流布させている。先王ジョージには男子がいたのだ、と。

 その噂を聞きつけ、早速幾人もの領主が私のところに連絡をとって来たよ」


「そうして、良いように俺を使って、自分が為し得なかったことでもさせたいんですか」


 ジュリアの醒めた声は、ロゼッタ卿の熱意を冷ますのに十分だったようだ。

 ロゼッタ卿は大きなため息を吐くと、私を見た。


 なに。今度は何。

 身構える私の腕を誰かがつかんだ、と思ったらジュリアだった。


「その娘はダメだ、ユリウス」

 ロゼッタ卿は首を横に振る。


 その言葉は、瞬間的に私の心を砕いた。


 びっくりするぐらい。

 本当に、びっくりするぐらい、ジュリアと私の間に深い溝があるんだ、と今更ながらに気づいた。


 おまけに。


 ジュリアに好意を抱いていたんだ、と自分自身で思い知った。


 髪を撫でられて心が落ち着くのも、抱きしめられて安心するのも。

 全部、ジュリアに好意を抱いていたからなんだ、と。


「ヴォルフヤークト家はジョージ王も目をかけていた亡命貴族だということは知っている。だが、その娘の容姿はダメだ。姉たちの方ならまだしも、異国の血を濃く引きすぎている。お前にはふさわしくない」


『その娘の容姿はダメだ』。『異国の血を濃く引きすぎている』。『お前には相応しくない』。


 ロゼッタ卿の言葉が、胸に次々刺さっていく。


 本当に傷ついたら、言葉も出ないということを初めて知った。

 傷ついた心からどんどん涙色の血が流れて、肺をいっぱいにしていく。


 声も、息も、詰まったまま外に出てこない。


「行こう」

 ぽつり、と私の隣でジュリアの声がした。


 顔を上げると、ジュリアの青い目が私を見ている。手を握る手に力を込めて、ジュリアは窓に向かって歩き出す。


「ジュリア?」

 私は手を引かれて歩きながら、狼狽ろうばいする。


「ユリウス」

 背後からは、叱責のようなロゼッタ卿の声が響いて私は肩を竦めた。ジュリアは止まらない。


 窓を開け、ひょいと軽々しく私を横抱きに抱えた。


「うわぁっ」

私が大声を上げると、「せめて、きゃあ、って言えよ」とジュリアは顔をしかめ、長い脚を窓の桟にかけて昇る。


「ユリウスっ」

 ロゼッタ卿の怒声を背後に聞きながら、ジュリアは私を抱えて窓から身軽に屋外に飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る