第20話 足音

「姉妹って、いいな」

 すぐ間近で見るジュリアの瞳は、ブルーダイヤのような澄んだ色をしていて、私は眼が離せない。

「なに?」

 ジュリアが訝しげにその目を細めた。私は眠気もふっ飛ばしながら「いいえ」と裏返った声で返事をする。


「ジュリアは? ご兄弟は?」

「俺?」

 ジュリアは数回目を瞬かせた。

「兄がいたらしけど。3歳の時に天然痘で死んだらしい」

 う。まずいことを聞いた。

「記憶にないから、別に気を遣ってもらう必要はないんだけど」


 顔に感情が出ていたのか、ジュリアは顎を引くようにくつくつと笑った。

 その笑顔を間近でみたら。

 やっぱり、きゅっと心臓が底の方から締め上げられるように苦しくなる。


「強いて言うなら、ウィリアムが兄弟みたいなものかな。俺の乳母の子なんだ」

「あ。そうなんですか」

 私が勝手にどきどきしていることなんて気づいていないのか、ジュリアは言葉を続ける。

「物心ついた時にはずっとそばにいたから。教会騎士の修行のために数年館を出た時は寂しかったな」

 青い瞳がわずかに揺れるのを見て、私も思い出す。

「私もエマが嫁いだときは悲しかったです。母を亡くしてからというもの、エマが私の母代りでしたから」

 父上も一番上の姉も、母を知らない妹を不憫に思ってか、そちらにばかり構っていた印象がある。そのせいだろう。エマはことのほか私を可愛がってくれた。


「寂しかったのか」

 ジュリアにそう言われ、そうだったのかも、と思った。

 だからといって、妹をひがむ気持ちは全くない。それは、エマが私に十分愛情を注いでくれたからだと思う。それに、私自身も、母の記憶がない妹が少し哀れだったのも確かだ。

 だけど。

 やっぱり、寂しかったのかもしれない。

 そう思い至った時、ジュリアがもぞりと動く気配があった。

「なんか、わかる気がする、その気持ち」


 ジュリアは腕を伸ばし、私の頭を無造作に撫でる。

 頭を撫でてもらうなんて。

 もう、何年なかったことだろう。

 よく頭を撫でられた犬が眼を細めてうっとりと飼い主を見るけれど。

 存外、気持ち良くて。

 私はどぎまぎして、視線をジュリアから外すだけで精一杯だ。


 どうしよう。


 この後、いつ、どうやってジュリアを見ればいいんだろう。

 そんなことをぐるぐると頭で考えていたときだ。


 かちり、と。

 無機質な音がした。


 私は思わずベッドに片手をついて体を起こす。

「ど……」

 多分、どうした、と聞きたかったのかもしれないけど、ジュリアが話すのを、私は手で制した。


 かちり。

 やっぱりもう一度聞こえる。


 私は耳を澄ました。定期的に硬質な音が徐々にだけど近づいてくる。


 どこかで聞き覚えがあるような音だと思ったら、これは拍車だ。ウィリアムが軍靴につけている拍車の音に似ている。

「ウィリアムの足音じゃない」

 ジュリアが私の耳元で囁いた。私は頷く。


「抜け道を使って来てますね」

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