第19話 寒いんだろ?

「はぁ?!」

 がばり、と体を起こしてベッドの方に向き直る。


「寒いんだろう。ベッド広いからこっちに来いよ」


 この人、自分で何言ってるか自覚してるんだろうか。

 目を細めて訝る。


「いえ、そうじゃなくって」

 ゆっくりと、言葉を区切るように言う。


「いいから来いって」

 ジュリアはぽんぽん、と自分の横を叩いている。


 ……うーん。どうよ、これ。

 私は抱えていたクッションを横に置き、なんて言おうか、と言葉を捜す。


「大丈夫、手は出さないから」

 薄闇の向こうでも、にやりとあの意地の悪い笑みを浮かべているのが目に浮かんだ。


 何よ、意味分かってて言ってんじゃない。


「私、ここでいいです」

 がっしりと肘掛にしがみついてそう言うと、はぁ、と暗闇の向こうからため息が聞こえてきた。


「風邪引いてもらっても困るんですけど」

 その言い方が腹立つぅぅぅ。


「風邪なんてひきませんよっ」

 負けじと言い返すと、ぎしりとまたベッドの軋む音がした。音のする方に顔を向けると、ジュリアがベッドから降りて近づいてくる。


「寒いんだろ?」

 腰に両手を当てて、睥睨するように私を見下ろしてきた。


「寒い、けども」

 だから、ショールを貸してください。


 そう言う前に、ジュリアが体を屈めたかと思うと、ふわり、と身体が浮いた。


 言葉を失くす、というか。


 状況が理解できない。

 私は目を見開いて、すぐ間近に見えるジュリアの顔を見る。足が地面についていない。背中と膝の裏にジュリアの腕がある。


 ようやく、抱き上げられたんだと気付いた。


「ぎゃあ!」

「ぎゃあ、ってお前。おい、暴れるなよっ。落とすだろっ。重いんだよっ」


「重いんだったら、今すぐ下ろしてっ」

「うるせぇっ」


 ジュリアは私のすぐ耳元で怒鳴る。

 ひぃぃ。きぃぃん、ってなった! 耳が痛い!


 ジュリアは足早に私を抱えたままベッドに近づくと、文字通り私を「放り投げた」。投げ出された私は、ばうん、とベッドの上で小さく跳ねる。


「ちょっと!」

 文句を言おうとした私に、今度は枕を投げつけてきた。見事にそれが顔面にヒットし、鼻を押さえてうずくまる。


「寝ろっ。ほれっ」

 鼻を両手で押さえたその指の間からジュリアを見ると、もそり、とベッドの中に潜りこんでいる。


「寝ろ、って……」

 枕を胸の前で抱えたまま、私に背を向けて横になるジュリアと、私の為に空けてくれているベッドのスペースを交互に眺める。


 ジュリアは、何も言わない。

 

 しばらく迷ったものの、「失礼します」と小さく呟いて掛け布団をそっと持ち上げる。するり、と足を滑り込ませ、もぞもぞとなるべく端っこにもぐりこむ。


 はぁ。ぬくい。


 至福の笑みが浮かんだ。


 さすがにジュリアの為に用意された物だけあって、肌触りも軽さも抜群だ。もう、雲みたい。いや、雲を触った事ないけど。


「寒くないか?」

 ぼそり、とジュリアが尋ねる。


 半分潜りこませていた顔を、のそりと出してジュリアのほうを見た。

 相変わらず、私に背を向けたままだ。


「あったかいです」

「ほらみろ、ばーか」


 ジュリアはこっちも見ずにまた悪態を吐く。むかっときたものの。

 ……多分、気を遣ってくれたんだろうな、とも思う。

 ジュリアの背中や首筋を見ながら、話しかける。


「こうやって誰かとベッドに入ってると、小さい頃を思い出します。姉たちのベッドによく潜り込みました」


「エマ?」

「エマや、アンナや」

 ゆっくりと、目を閉じる。


 まだ、私の年が一桁の頃だ。

 こんなにふわふわしたベッドじゃなかったし、広くも無かったから、妹も含めた4人でぎゅうぎゅうに固まっていたのを思い出す。


「なんの話してたんだ?」

 目を閉じたままジュリアの声を聞く。


 落ち着いた、テノールの声。

 みんなの前で話す綺麗な発音のファルセットもいいけれど、私とウィリアムの前だけで話すちょっとイントネーションに癖があるこのテノールの声が好きだ。


「ちょうどその頃は、一番上の姉の結婚が決まりかけていた頃なので、舞踏会の様子や、相手の男爵の話とか。当時はエマも好きな人がいたからそんな話ですよ」

 目を閉じたまま話をしていると、とろんとした眠気がそこまでやってくる。


「アレクシアにはそんな相手がいなかったのか?」

 耳に心地よいテノールを聞きながら、小さく笑う。


「私はその時まだ7歳かそこらでした。今もですけど、全然居ませんよ」

 語尾が少し不明瞭になりかけた。大分眠いらしい。欠伸をかみ殺し、枕に顔を押し付ける。その時。


 ぎしり、とベッドが鳴った。


 ジュリアが寝返りを打ったのだろうか。

 ゆっくりと目を開くと、予想外の近さで彼と目が合った。

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