第18話 こっちで一緒に寝ればいいじゃないか
「ちょっと、部屋を確認します」
ジュリアに言い置いて、窓際の方に足早に歩いて行く。
「誰かが間違えて施錠したのか、勝手に鍵がかかってしまったのかもしれんぞ。さっきの隠し扉だって、開かなくなったし」
カーテンの裏や家具の裏側など人が潜めそうなところを確認していく私に、ジュリアはのんびりした声をかける。
カーテンの裏を見て、なんだ、窓がある、と思ったものの、嵌め殺しの窓でどうにもこうにも開きそうにない。
「大丈夫だって」
「念のために」
結構暢気だな、と思いながら私はジュリアに返答する。ちらりと横目で見たジュリアは、いまだに納得できない顔でドアノブを見ていた。
「ここはエドワードの持ち物だから、そんな怪しい奴は入り込めないとは思うんだ」
「でも、あらかじめ旅程は王家に伝えていますし、今日、ここにジュリアが泊まる事はたくさんの人が知っていましたよね」
「まぁなぁ」
ジュリアは小さく溜息をついて、くるりと振り返る。
「俺だけが泊まっているならまだしも、王子も同宿している館を狙うとは思えないけど……」
私は頷き返し、それでも、「一応」と断っておいて部屋の安全を点検して歩いた。
ベッドと床の間を覗き込んだり、ベッドの寝具をめくってみたりしたけど、誰かが入り込んでいたり、入り込んだ気配と言うものはなかった。
最後に、自分たちが今来たクローゼットに顔を突っ込んで人気が無い事を確認して、そういえば、と思い至る。
「ジュリアに危害を加えようとしている人たちというのは、具体的にどんな方々なんですか」
「いろいろ」
ジュリアはあっさりと答えたものの、その具体性の無さに私は口をへの字に曲げる。
「いろいろ、って。例えば?」
「俺が子を産むって思ってる奴らが、まずそうかな」
ジュリアは笑いながら天蓋つきのベッドに腰掛け、無造作に足を組む。
そういえば、エマもそう言っていたな。ジュリアが子を産めば、パワーバランスが変わるんじゃないか、って。
「ヘンリー王は人気が無いんですか?」
ジュリアに尋ねると、少しだけ肩を竦められた。
「邪魔な奴らには人気が無いだろうし、自分にとって有益だと思う奴らにとっては人気があるだろうね」
なんだか、はぐらかされる。
「明日の朝になったら、どっちにしろ誰かが俺の部屋に来て起こしにくるんだから、扉は開くよ。今日はもう寝ようぜ」
ジュリアはそう言って、ベッドにごろんと上半身を倒してしまった。
「そう、ですね」
私はそう言い、ちょっと居場所を見つけられず、ぼんやりと立ち尽くしたままジュリアに小声で尋ねた。
「私、どうしたらいいんでしょう」
「ここにいればいいじゃないか」
ジュリアは平気でそう言うけど。
「いても、いいんですかね」
「どうせ、俺のことを皆は女だと思ってるんだから、朝にお前が居てもなんとも思わねぇよ」
ジュリアは可笑しそうに笑い、寝そべったまま肘をついて私を見る。
「ま。お前の事を男だと思ってる奴が居たら、それは知らね」
腹立つっ。
じろりと睨むと、照明の一つに近づいた。
「じゃあ、灯りを落としますよ」
「カンテラの灯りだけ残しといてくれ」
ジュリアはそう言って、寝転んだままサンダルを床に放る。
もうっ、お行儀が悪い。
私は丸テーブルに載せたカンテラの油の量を確認すると、部屋の四隅にある照明の灯りを、息を吹きかけて消していく。
あれだけ明るかった部屋は、すぐにさっきまでいた廊下と同じ明度に戻った。
「おやすみなさい」
声をかけると、ソファに近づいた。
よっこいしょ、と腰をかけ、肘掛部分に放り出していたジュリアのドレスを手にとって軽く畳む。ふわり、とドレスからもジュリアと同じ甘い香水の香りがして、心臓がまたぱくり、と一つ跳ねた。
出来るだけ意識しないようにドレスをソファの隅に置くと、その反対側に小さく丸くなる。
肘掛に頭を乗せて足をソファの上に上げる。
膝を軽く曲げてもまだゆったりしているぐらい大きなソファだ。背中の辺りに違和感があるとおもって探ると、刺繍が入ったクッションが出てきた。それを胸の前で抱える。
もぞり、とベッドの方からジュリアが身じろぎする音が聞こえた。もう寝て、寝返りを打ったのだろうか。
……なんか、寒い。
やっぱり、ノースリーブがいけなかった。
羽織物を持ってくればよかったかな。
ちらり、と足元に畳んだドレスを見る。最悪、あれをこっそり体にかけようかな。
そんなことを考えていた時だ。
「寒くないか?」
ぎしり、とベッドが軋む音がして、ジュリアの声が聞こえてくる。
顔を上げ、天蓋つきのベッドに視線を向けた。
「ちょっとだけ」
薄い暗闇の向こうで、ジュリアが半身を起こしてこっちを見ている気配があった。私は短く答える。だから、クローゼットにショールがあれば、借りていいですか。そう言うつもりで、「ちょっとだけ」と答えたのだけど。
「こっちで一緒に寝ればいいじゃないか」
返ってきたのは予想外の台詞だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます