第5章

第35話 王様の逗留

◆◆◆◆◆◆◆◆


 廊下を歩いている時から、お嬢さんたちのはしゃいだ声が部屋から漏れ出していた。

 珍しい。いつもはどちらかというと大人しい部類のお嬢さんたちなのに。


「ほら、お嬢様方。そろそろ寝ないと明日の舞踏会に差し障りますよ」


 扉をノックし、返事も待たずに、開ける。


 案の定、まだ部屋の灯りも落とさず、私が家庭教師をしている二人の姉妹はベッドの上で上気した顔を、こちらに向けている。


 やはり、明日の舞踏会が気になっているのだろうか。


「先生っ」

 姉のシャーロットのほうが、駈け寄ってくると、ぼすり、と体当たりのような抱擁をしてくる。まだまだ眠るには時間がかかりそうなきらきらした瞳で、話しかけてきた。


「この近くに王様が来てるんですって」


 彼女とは出会って4年が経つが、随分と大人っぽくなったと思う。

 家庭教師として雇われたときは、少し病弱なお嬢さんだったけれど、今では頬も健康的な桃色をしているし、ふわふわとウェーブのかかった金色の髪も綿菓子のようだ。


「お姉さまずるいっ」

 すぐに妹のアリスがもぞもぞとベッドから降りると、ぱたぱたと駆け寄って負けじと私の腰に抱きついた。


 うーん。

 可愛いけど重い。ふたりは、重い。

 こちらのお嬢さんはまだまだ『子ども』が抜け切れない。ぱっちりとした栗色の瞳にとても愛嬌があった。


「王様って、どこの王様ですか?」

 二人に抱きつかれたまま、金の髪を撫でてやる。アリスが怒るから、右手でシャーロットを。左手でアリスを撫でることにしている。


「王様って言ったら、ユリウス王よぅ」

 シャーロットが口を尖らせて言う。


 なんだ。現実的な王のほうね、と苦笑する。

 なにしろ、夢見がちなこの姉妹はすぐに空想の世界に遊んで、〝かえるの王〟だの、〝水の王〟だの言い出したりするから、今回もソレ系だと思っていた。


「王様がね。近くにご逗留なさるんだって」


 随分と難しい言葉をアリスが言う。どこで覚えたのだろう。「まぁ。そうですか」。おどけたように目を見開いて見せると、二人の可愛い生徒を室内に押し込めた。


 本当に、ユリウスがこの近くまで来ているのだろうか。

 内心で眉をひそめながら。


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