第5章
第35話 王様の逗留
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廊下を歩いている時から、お嬢さんたちのはしゃいだ声が部屋から漏れ出していた。
珍しい。いつもはどちらかというと大人しい部類のお嬢さんたちなのに。
「ほら、お嬢様方。そろそろ寝ないと明日の舞踏会に差し障りますよ」
扉をノックし、返事も待たずに、開ける。
案の定、まだ部屋の灯りも落とさず、私が家庭教師をしている二人の姉妹はベッドの上で上気した顔を、こちらに向けている。
やはり、明日の舞踏会が気になっているのだろうか。
「先生っ」
姉のシャーロットのほうが、駈け寄ってくると、ぼすり、と体当たりのような抱擁をしてくる。まだまだ眠るには時間がかかりそうなきらきらした瞳で、話しかけてきた。
「この近くに王様が来てるんですって」
彼女とは出会って4年が経つが、随分と大人っぽくなったと思う。
家庭教師として雇われたときは、少し病弱なお嬢さんだったけれど、今では頬も健康的な桃色をしているし、ふわふわとウェーブのかかった金色の髪も綿菓子のようだ。
「お姉さまずるいっ」
すぐに妹のアリスがもぞもぞとベッドから降りると、ぱたぱたと駆け寄って負けじと私の腰に抱きついた。
うーん。
可愛いけど重い。ふたりは、重い。
こちらのお嬢さんはまだまだ『子ども』が抜け切れない。ぱっちりとした栗色の瞳にとても愛嬌があった。
「王様って、どこの王様ですか?」
二人に抱きつかれたまま、金の髪を撫でてやる。アリスが怒るから、右手でシャーロットを。左手でアリスを撫でることにしている。
「王様って言ったら、ユリウス王よぅ」
シャーロットが口を尖らせて言う。
なんだ。現実的な王のほうね、と苦笑する。
なにしろ、夢見がちなこの姉妹はすぐに空想の世界に遊んで、〝かえるの王〟だの、〝水の王〟だの言い出したりするから、今回もソレ系だと思っていた。
「王様がね。近くにご逗留なさるんだって」
随分と難しい言葉をアリスが言う。どこで覚えたのだろう。「まぁ。そうですか」。おどけたように目を見開いて見せると、二人の可愛い生徒を室内に押し込めた。
本当に、ユリウスがこの近くまで来ているのだろうか。
内心で眉をひそめながら。
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