第36話 王様に会いたい?

「王様、明日の舞踏会に来るのかな」

 腰にまとわりついたまま、シャーロットが尋ねる。


「そうですね。きっとその為に王都からいらっしゃったんでしょう」

 そう答え、二人を交互に見た。


 ユリウスが書いてくれた紹介状を持って、言われたとおり大司教の元に行くと、紹介してくれたのはサザーランド伯爵家だった。


 この二人の娘は、伯爵の愛娘たちだ。

 上のシャーロットは紹介当時一〇才で、ちょうど外国語講師を探していたらしい。


 私は大司教が用意してくれた偽名を使って伯爵家に赴き、彼女の外国語指導を行っている。


 伯爵夫妻は、〝ワケあり〟の私を気に入ってくださるばかりか、深くは事情を聞かず、その上、仕事ぶりを見て、すぐにアリスの家庭教師も、と言ってくださった。


 以来、四年間。

 彼女たちの外国語指導と礼儀指導を行っている。間違っても体術やダンスは教えていない。このお嬢様方は、大切に大切に、育てるのだ。


「さぁ。ベッドに戻って。もう、寝る時間を過ぎてますよ」

 ぱんぱん、と手を打つと、二人は争うようにベッドに駆け込んだ。


「明日はシャーロットにとって大事な舞踏会デビューなんですから。ちゃんと寝て。万全の体制で臨みますよ」


 自分の言葉に、もう一度自分自身を奮い立たせる。


 ユリウスが来ているのなら、私は舞踏会に参加できないが、シャーロットにとっては、この舞踏会が勝負だ。


 思えば、自分のデビューはひどいものだった。

 ……主にダンスが。


 あれが上手くいっていれば、どこかの殿方に見初められ、今頃はその方の奥方にでも納まっていたかもしれない。


 まぁ……。

 そんな気がしているだけ、なんだけど。


 でも。

 嫁に行けなかった結果、ユリウスに出会え、数ヶ月とはいえ、素晴らしい日々を過ごしたのは確かだ。


「先生は、王様にお会いした事ある?」

 ベッドにもぐりこんだものの、目を爛々と輝かせたアリスが、舌足らずな言葉で尋ねる。

 私はベッド脇に座り、そんな彼女たちの顔を見下ろした。


「ありますよ」

 きゃあ。姉妹は顔を見合わせてくすぐったくなるような悲鳴を上げた。


「もう、四年前になりますけどね」

「私たちの家庭教師になる前?」

 シャーロットが掛け布団から目だけ出して尋ねる。多分、布団の中の顔は好奇心でわくわくした顔なのだろう。苦笑して頷く。


「ええ。あなた達に出会う前です」


「どんな方?」

 そう尋ねられ、目を瞬かせた。


 素敵な方でした。

 そう言うべきなのか。


 いやぁ。性格の悪い男だった。

 そう言うべきか。


 数瞬迷ったものの、当たり障りないことを口にする。


「綺麗な王様ですよ。金色の髪と青い目をしておいでの方です」


「悪い王様を倒したのよね」

 アリスが同意を求めるように私を見る。私は少し首を傾げて見せた。


「それは、アリスがもう少し大きくなって、自分で確かめたほうがいいでしょう。いろんな史料を読み込み、たくさんの人のお話を聞いて御覧なさい」

 そうですよ、と言われなかったことが不満なのか、アリスは少し口を尖らせた。


「お金遣いが荒くて、自分どおりの都を作りたくて、火事を起こした、って聞いたよ」


「そういう風に言う人もいる、ってことです」

「ユリウス王が、ヘンリー王を討って王位に就いたんでしょう? 二年間も戦ったんだよね。お父上もユリウス王と共に戦った、って聞いたわ」


 妹とのやり取りを聞いて、少し慎重になったのか、言葉を選ぶようにシャーロットが言う。


「そうですね。サザーランド伯爵もあの戦いでは雄雄しく戦ったとお聞きしています」

 私は答える。


 あの日。 

 出て行ったユリウスとエドワード王子たちは、廃墟となった王都で宣言を行った。


 ヘンリー王に代わり、正当な王位継承者であるジョージ王の遺児ユリウスが王となり、王都を復興させる、と。


 当然、別荘に居たヘンリー王は激怒。

 エドワード王子以外の王子たちと、諸国の騎士や領主を集めて王都へと取って返した。


 まぁ。

 多勢に無勢というか。


 当然、ユリウスたちは敗走することになる。


 ちなみに、内戦中、彼等はかなり敗走を続ける。

 正直、勝った数と負けた数を比較したら、負け戦の方が圧倒的に多い。


 だけれど。

 突如現れた「ジョージ王の遺児」という肩書きと、ユリウスの美貌。

 それに加え、ウィリアムを含む教会騎士たちを中心にした規律正しいユリウスの軍隊は、各地で歓迎された。


 なにしろ、ヘンリー王の軍隊の評判が悪すぎたのだ。


 駐屯する領地で兵のための食糧を領民から奪い、兵は女を襲い、少年と呼ばれる男でさえ、軍に徴収した。


 ヘンリー王の軍が進むところ、彼らのほうが正規軍であるにもかかわらず、領民は怯え、逃げたと言う。


 そんな中。

 敗走するユリウスたちを、ヘンリー王の軍隊から匿ったのは、正規軍に怯える領民たちであり、資金提供を行ったのは、王都の商人たちだった。


 ユリウスたちの軍隊がいかに民衆に慕われているか、いかに陰から資金提供を受けているか、の噂を意図的に流したのはエドワード王子だと言う。


 明らかに戦況は不利であるにもかかわらず。

 ユリウスがあの美貌で、「民のため、宜しく頼む」と微笑すれば、誰もがその軍に加入したのだそうだ。


 もう詐欺だ、と呆れる思いだが、ようするにビジュアルと情報操作は大切だ、ということだろう。


 噂を聞きつけた騎士や辺境領主たちは続々とユリウスたちの軍隊に加入し、その軍勢は反乱を行った一年後にはヘンリー王軍と同等となる。


 その勢いのまま、ヘンリー王軍と激突。

 ヘンリー王以下、主だった王子たちはすべて戦死するという熾烈を極めた戦いに勝利し、二年前に王位に就いた。


 ようするに、最後の最後で、ようやく、勝ったのだ。


 それ以降、王都の建て直しから税制の見直し。

 生活困窮者に対する制度整備など今までに無い施策を打ち出している。

 そのために、身分にとらわれず、優秀だと思った人間をどんどん官吏に登用しているらしい。


 そうでもしないと、『人』が足りないのだと聞いた。

 主だったヘンリー王の臣下や貴族が戦死しため、「とにかく即戦力になるなら、誰でもいい」という状況らしい。


 その判断を下しているのは、ユリウスとエドワード王子だと言う。


 ユリウスの軍隊は、敗けた時は撤退が早く、勝った時の進軍も早い。


 とにかく、『用兵の速度』がずば抜けているのだそうで。

 そのせっかちともいえる動きは、政治にも色濃く出ている。


 トップが即判断し、指示を速やかに下におろす。実行し、駄目なら見切りも早いのだ。


 一方。

 外国との交易に力を入れ、空だった国庫を、国内の税だけではなく、外貨で獲得しようと頑張っているようだ。


 キスマークが消えて、四年も経つ。

 いまだにユリウスには会っていない。


 噂では、『アレクシア・フォン・ヴォルフヤークトという女性を探している』という長身の教会騎士がいるらしい。


 外見を聞く限りは、ウィリアムに限りなく似ているとは思う。だけど、私は偽名を使っているし、家族とも連絡を遮断している。


 居場所が知れるわけは無い。

 それに。

 いまさら、ユリウスには会えない。


「王様に会いたい?」


 不意にアリスにそう尋ねられ、私は目を瞬かせた。隣りのシャーロットが「アリス」と、小さく叱責した。


 私はそんな二人を交互に見比べて小さく笑う。

 深い意味はないのだろう。明日の舞踏会で会ってみたいか、という程度なのだ。シャーロットの方は、私が舞踏会に出ないことを知っている。だから、妹を注意した程度なのだ。


「会いたいと、昔は思っていました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る