episode 5

 どうやら、セージの茂みのベンチのあたりらしい。僕の方に背を向けるようにしてベンチは設置されているし、セージの茂みで正直良く見えない。まさか、妙なことはしていないだろうけど、と思いつつ……。僕は大きく咳払いをし、わざと聞こえるように拍車を鳴らしながら近づく。

 途端に。

 セージの葉の陰から、ぴょこんと白いリボンが飛び出した。

 ベンチからシャーロットが立ち上がったらしい。


「ウィリアム様っ」

 切羽詰まったような、泣き出しそうな顔でシャーロットは振り返り、僕の方に駆けよってきた。

 ……おいおい。勘弁してよ。手を出そうとしてたんじゃないだろうな。僕がアレクシア殿に関節外されるだろ。

 僕の右腕に取り縋るシャーロットを見て、僕は慌ててベンチの方に目を向けた。あの付き人の騎士はどこに行ったんだ。ちゃんとこのぼんぼんを監督しておいてくれよ。

 そう思っていたら。


「空気読めよ、おっさん」

 立ち上がり、振り返ったランスロットは、僕を見上げていきなりそう言った。

「……これは、なんというか」

 思わず苦笑が漏れる。いきなり「おっさん」呼ばわりとは。

「空気を読んだ、君の付き人らしい騎士はどっかに行ったんだ?」

 顔を左右にめぐらせると、バラの生垣あたりにうずくまるような人影が見える。どうやらあそこにいるようだ。


「シャーロット、会場に戻ろうか」

 僕が右腕にしがみついているシャーロットにそう声をかけた。シャーロットは泣きそうな顔で何度も首を縦に振る。余程怖かったのか、身の危険を感じたのか。目がどんどん潤んでいく姿を見ると、ちょっと、というか。大分後悔した。


「ごめんね。付き人がいるから大丈夫だとおもったんだよ」

 思わずそう謝った時だ。

「会場に戻るんなら、一人で戻れば?」

 突き放すような声に、顔を前に向けた。

 そこには。

 傲岸な顔で僕を睨みあげるランスロットの姿があった。

「シャーロットは俺と一緒にいたい、って」

 そういってシャーロットに向かって手を突きだす。

 その。

 おおよそ、優しさだとか、気遣いだとか、いたわりとかが、全くうかがえない仕草に、シャーロットは怯え、僕は「ダメだこりゃ」とげんなりした。

 良くあるパターンだ。

『乱暴』を、『男らしさ』とはき違えている。

 殿下も。

 というより、ジュリアも乱暴者だし、傲岸不遜で、口が悪い。すぐに悪態をつくし、態度は横柄だ。

 だけど。

 ランスロットと同じように見えて、実は全く違う。

 ようは、性根の問題だ。

 ジュリアは弱者への配慮がある。たてついたり、牙を剥く相手は常に自分より上のモノだ。それを屈服させて嗤うところがある。当然、逆にねじ伏せられて七転八倒しながら呻くこともあるのだけれど。

 だけど。

 このランスロットという若者はダメだ。

 この男は、自分より弱いものにしか爪を立てないし、うならない。


「申し訳ないが、君にはシャーロットは渡せない」

 僕は真正面から彼を見据えてそう言い放つ。

「このお嬢さんは、殿下の奥方であるアレクシア殿の教え子だ。君のような者が気軽に手を出せるお嬢さんではないよ」

 そんなことを。

 言われたのも初めてなのだろう。

 始めはぼかんと僕を見上げていたランスロットだったけれど、次第にその頬が夜闇でもわかるぐらいに紅潮し始めた。

「誰にむかってモノを言っている!」

 ランスロットが耳障りな大声を上げた。シャーロットが首を竦めてさらに僕の腕にしがみ付き、バラの生垣からは、辛抱できずに付き添いの騎士が飛び出してきた。

 その音に混じり。

 微かな金属音が背後から聞こえた。

 どうやらドアノブの音らしい。かさり、と踏み出した足音で、振り返らずとも誰かが観音扉から中庭に出てきた気配に気づいた。


「ユリウスの腰ぎんちゃくが!」

 自分のことより何より。

 殿下のことを呼び捨てにされたことに、瞬間的に頭に血が上った。

 ランスロットの付き人騎士が慌てたように、庇うようにランスロットの前に飛び出す。

 僕が構わず右手を左腰の佩刀に伸ばしたとき、その違和感に気づいた。

 シャーロット。

 シャーロットが僕の右腕に取り縋っていたはずだ。

 だが、僕の右腕はなんの障害もなくすんなりと柄を掴んでいた。

 自分の右腕に素早く視線を下す。しかし。ない。シャーロットの手はなかった。


「あなた、失礼だわ!」

 夜の空気を打つような、その凛とした声に驚いて僕は視線を声の主に向けた。

「ウィリアム様に謝って!」

 そう怒鳴りつけていたのは、僕の腕につかまって震えていたはずのシャーロットだった。

 僕から離れ、半歩前に進み出て肩をそびやかし、ランスロットにそう言ってはいるが。

 怖いことは、怖いのだろう。

 つん、と上げた顎がわずかに震え、ドレスを握りしめた指は強張っている。

「謝る? 何故」

 シャーロットの内心の恐れに気づいてはいるのだろう。付き人の騎士の肩越しに、にやにや笑う姿が見えた。

「何故って……。今の暴言だわ。取り消してちょうだい」

 シャーロットの語尾が震える。

「何故そんな卑しい身分の者に謝らなきゃいけないんだか」

「卑しくなどないわ! ウィリアム様はユリウス殿下とともに、先の大戦で雄々しく戦った方よ!」

 もう、シャーロットは泣き出しそうな声で訴えていて、僕は柄から手を離して、苦笑しながら彼女の肩を叩いた。

「もういいよ、シャーロット。ありがとう」

 そう声をかけると、向こうは向こうで付き人の騎士が慌てていた。

「若っ、いい加減になさいませっ」

 額に汗をにじませながら、付き人の騎士が首を後ろに捩じってランスロットを叱責している。

「ユリウス様の死刑執行人ですぞっ」

 どうやら、こちらの騎士は僕の異名を知っているらしい。シャーロットは驚いたように僕を見上げ、僕は無言で小さく肩を竦めて見せた。

「そんなの、昔の話じゃないのか? 今はどうだか」

 ぐい、と付き人の騎士の肩を押しのけ、ランスロットは前に出てくる。


 なんというか。

 この自信はどこからくるんだろう。

 なんとなく付き人の騎士を見ると、申し訳なさそうに頭を何度も下げている。

 ちらりとシャーロットを見ると、その付き人騎士を憐憫の目で見ていた。僕も彼に心底同情する。

 ただ。

 一番気づかなくちゃいけない人物が気づいてないらしい。

 付き人の騎士を見ることもなく、堂々と僕を見てランスロットは言い放った。


「その娘を賭けて、決闘を申し込む」

 本当に……。

 こういうところも、殿下と真逆だ。

 あの殿下は自分の力量というものを正確に知っている。だからこそ、危険を冒さないし、逃げる時機というものを見誤ることが無い。

 この青年は、どこをどう見て、僕に勝てると思ったんだろうか。

 ここまで来ると、本当に滑稽で、僕は思わず頬が緩んだ。

 今が平和で良かった。つい数年前だったら真っ先に死んでたよ、坊ちゃん。

「私闘は禁止されておりますっ」

 僕がランスロットに何か言う前に、騎士が叫んだ。ランスロットに言うというより、僕に向かって「だから勘弁してやってください」と訴えているようだった。


「別にかまわん」

 テノールの響きのいい声が背後から聞こえてきて、僕たちは一斉に声の主を見た。

「俺が認める。シャーロット嬢を賭けてやってみるがいい」

 そこにいたのは、殿下だった。

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