episode 4

 今度は。

 返事がなかった。ちらりと瞳だけ移動させて彼女を見る。

 彼女は、目元を強張らせて殿下をただ、見ていた。


「こんなに若い貴族を集めて何をするのかと思えば、狙いはそこ?」

 僕は息を吐きながらアレクシア殿に声をかける。

「私はもう、子どもが産めないもの」

 アレクシア殿は固い声でそう応じた。


「ここで殿下が誰かを見初めれば、その誰かが子どもを産んでくれるでしょう?」

「世継ぎなら、アルフレッド坊ちゃんがいるから大丈夫だよ」

 呆れてそう言うと、座った姿勢のまま、アレクシア殿は僕を見上げた。

「もし、アルフレッドが流行り病で死んだら? 事故に遭って死んだら? 怪我が元で死んだら?」

 ぎゅっとアレクシア殿は口唇を横に引き絞り、それから詰めていた息を吐くように言葉を出した。


「そしたら。誰が殿下の跡継ぎになるの」

「あのねぇ」

 僕は腰を屈め、アレクシア殿の顔を覗きこむ。

「赤ちゃんならともかく、3歳だろ? まぁ、心配はわかるけど……。そうそう病気では死なないよ。それに、事故やケガからは、僕が守ってあげる。それに、君だって、まだ二四だろ? 若いんだよ。大丈夫だ」

「体調が戻らない」

 アレクシア殿は目元をこわばらせたまま、ぽつりとそう言った。


「熱も引かないし、出血だって止まらない。私自身が死んでしまったら、やっぱり、殿下の側にいるための誰かを探さなきゃ」

「君は死なないよ」

 僕は、わざとおどけたように陽気な声で彼女に言う。


「だいたい、あんなワガママ男を置いて死んでもらったらこっちが困るよ。ようやく、僕はお守りから解放されたのにさ。死ぬんなら、殿下より後に死んでよ」

 彼女は、表情硬く僕の言葉を聞いている。僕はため息をついた。

「流産してまだ1か月ほどだろう? 体調が戻らなくて当然じゃないか」

 僕は彼女の側に跪き、下から顔を覗きこむ。必死に涙を堪えている瞳に、僕の顔が映り込んだ。

「今は弱ってるから変なこと考えるんだ。体調が戻ったら、君が今しようとしていることを、君自身が後悔するよ?」

 だからさ、と。僕は肘掛を力一杯に握りしめるアレクシア殿の手を軽く叩いた。

「そんな、非現実的な事を考えるより、殿下と旅行でも行ってきなよ。温泉とかどう?」

 そう言うと、彼女はぐすりと鼻を鳴らし、涙が流れるのを押しとどめた。相変わらず芯が強い。


「それに、殿下が、君以外の女性に手なんて出すわけないだろ」

「そんなの、わからないわ」

 僕の言葉に、どこかむっとしたようにアレクシア殿は答える。

「まだ二十代だし、あんなにカッコいいんだし」

 なるほど。アレクシア殿の中では、まだ殿下は色あせていないらしい。僕は笑い出した。

「若くてカッコよくても、子煩悩はダメだな。もてないよ」

 僕はそう言って、殿下を指さす。確かに、容姿は衰えていないし、昔は女装していたなんて、全く思えないほどの男ぶりだ。

 だけど。坊ちゃんを腕に抱いているのはいただけない。ほほえましいけれども、男性的な魅力があるか、といえば別問題だ。

「……だから、アルは私か侍女に預けて、一人でフロアに行って、って言ったのに」

 アレクシア殿は困ったように眉を下げ、女性たちと談笑している夫を見た。


「まだ内乱が続いてる時にさ。各地を転々としてたんだけど」

 そんなアレクシア殿に、僕は話しかける。

「殿下、もてるんだよね。実際は負けて逃げ回ってる僕らは敗残兵なんだけど、歓迎されるし、もてなされるし」

 僕は苦笑する。まぁ。すべて殿下の外見とエドワード王の営業力のたまものだ。正直勝ったのなんて、最後の大勝負だけだ。「一発逆転」というものを具体的に間近で見たのはあの戦でだった。

「各地の領主の館に泊まったりしたら、その領主の娘が夜這いに来たり、色目を使ったりするわけだ」

 僕はおどけてアレクシア殿に伝えた。

「……でしょうね」

 アレクシア殿は苦笑する。

「だけど、誰にも手を出してないからね」

 僕は立ち上がり、彼女を見下ろす。彼女は僕を見上げた。

「どの女を見ても、アレクシアと違うところばっかりが目に入って萎える、って」

 アレクシア殿は目を瞬かせていたけど、小さく噴き出した。僕は彼女の肩を軽く叩く。

「殿下はアレクシア殿にしか手が出せない体になっちゃってもう。僕としては可哀想だよ」

「私のせいじゃないし」

 くすくすと笑うアレクシア殿の目には、もうあの思いつめたような色は滲んでいなかった。

「なんの話をしてるんだ?」

 不意にテノールの声が聞こえ、振り返ると殿下が坊ちゃんの手を引いてひな壇に戻って来ていたところだ。

「昔話を」

 アレクシア殿は、僕と目を合わせてそう答えた。坊ちゃんは殿下の手を振りほどいてアレクシア殿のところに向おうとしたものの、侍女に留められ、「あちらに美味しいお菓子がありますよ」などとささやかれて連れて行かれた。

 殿下がアレクシア殿に近づいたので、僕は場所を譲ることにする。


「この後、ワルツを踊りませんか?」

 側に立つ夫に、彼女はそう尋ねた。

「別にかまわない」

 一瞬、驚いた顔をしたものの、すぐに殿下は意地悪そうな笑みを浮かべる。

「お前、大丈夫か? 足の運びを覚えてるんだろうな」

「失礼ですね。ワルツは大丈夫です」

 笑って答えるアレクシア殿をしばらく殿下は眺めていたものの、ぶっきらぼうに早口で尋ねた。「体調は?」。アレクシア殿は笑みを滲ませたまま頷く。「大丈夫です」。そして、くすりと笑った。


「殿下より先に死ねませんからね。殿下を看取ってから、私は死にます」


 その様子を隣で眺めていたら、不意にアレクシア殿が僕を見た。

「シャーロットと是非、踊ってあげてください。あの子、楽しみにしていたから」

 そう言われ、はた、と思い出した。

 そうだ。シャーロットだ。

「ウェールズ伯の小倅がしつこく付きまとっていたな」

 つまらなそうに殿下はフロアに視線をなげかけた。

「お知り合いですか?」

 僕が尋ねると、顔をしかめる。

「父親の方を多少な。なかなか教養のある男で、話をしていても飽きないが、あの小倅は気に入らない。態度が傲慢だ。……なんだよ、その目は」

 一番傲慢な態度を取るのはあんただろ、という眼を僕とアレクシア殿はしていたのかもしれない。互いに「いえ」、「別に」と口にして目を逸らす。


「さっき、観音扉を出て中庭の方に二人で行ってたぞ」

「二人で?」

 思わずアレクシア殿と声がそろった。

「なんで、止めてくれないんですっ」

 アレクシア殿が慌てて立ち上がろうとして、顔を顰める。反射的に下腹部に手をやった仕草で、痛みが走ったのだと知れた。その彼女を僕と殿下が押しとどめる。


「僕が様子を見てくるから」

 そう言い置き、フロアを走り抜けて観音扉から中庭に出た。

 この時期にしては随分肌寒い風が頬を撫でて、思わず首を竦めた。

 中庭には、防犯も兼ねて、毎晩灯籠に火をいれるのだけれど。

 今日は舞踏会ということで、かがり火も焚いて庭の灯にしている。

 そのおかげで、随分と夜目は利くのだけれど。

 さて、どこにいるのかな、と首を廻らせたときに、シャーロットの困惑した声が聞こえてきた。


「すいません、私、フロアに戻りますっ」

 シャーロットが切羽詰まった声を張った。

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