第14話 ここでは、俺はお前と踊れないから
「アレクシア殿に見られたくないだけだよ」
ウィリアムが苦笑して言う。彼もさっきのジュリアの態度に気付いたらしい。
「あんな真ん中で踊ってたら目に入りますけど」
私がぶっきらぼうに答えると、ウィリアムはなだめるように私の肩を軽く叩く。
「女性パートを踊ってるからねぇ。恥ずかしいんだよ」
恥ずかしいも何も……。
いっつも私の前では、『俺以上の美人はいねぇ』って豪語してるくせに。
「もうすぐ終わるね」
ウィリアムはちらりと楽団を見てそう言う。曲が終盤なのかもしれない。ウィリアムは壁から体を離すと、観覧席の方を指差した。
「戻るよ。次は僕がジュリアと踊るんだ」
へぇ。私はびっくりしてウィリアムを見上げる。
あのジュリアが2曲続けて、とはね。
「君もがんばって。次もワルツだから」
ウィリアムは片目を瞑ってそう言うと、私の側を離れて壁伝いに観覧席の方に戻っていく。
私はその背中を苦笑して見送る。
いやいや。頑張ろうにも、相手がいませんから。
ワルツが終了し、会場中が拍手に包まれた。
会場の真ん中でジュリアが優雅に一礼し、エドワード王子がエスコートしてウィリアムのところまでジュリアを連れて行く。
それを合図に、私たちの周りが急に騒がしくなり始めた。
きょとん、としていると、エマに肘をつつかれる。
「相手。貴女も相手を探さなきゃ」
そう言われ、次の曲が始まるのだと気付いた。
それで男性が動き回っているんだ。
私は周囲をきょろきょろ見回す。
壁際に立つ女性の側に、紳士や騎士が次々と立ち、ダンスをお願いしてゆっくりと一礼している。女性の許可が出れば、二人は腕を組んでフロアの中央に移動するようだ。
「貴女、もう少し壁から離れて前に立ちなさい。誰も気付いてくれないわよ」
焦れたようにエマが言うけど。
もう、目の前を男が素通りしている段階でダメだと思う。
ちらりと隣を見ると、また新たなペアが生まれてフロアに移動しているところだった。女の子の方は私より少し年が上のように見える。通り過ぎざま、安心したように。少し小馬鹿にしたように私を見て行ったのが無性に腹が立つ。
腹が立つけど……。
どうしようもない。
そっとエマの椅子の後ろに移動しようとして、エマに叱られる。
いや、だって誰も来ないよ、コレ。
「私の後ろに隠れてどうするのっ」
「エマの前に立って、姉妹で恥をかくのはいやでしょ?」
「だからって、貴女」
ふたりで言い合いをしていると、不意に声を掛けられた。
「いやいや。お待たせしました、アレクシア殿」
私とエマは同時に顔を上げる。
そして、同時にあんぐりと口を開いた。
「今日こそは一曲お付き合いいただきますよ」
そう言って陽気に笑うのは、エドワード王子だった。
思わず動きを止めたのは私たち姉妹だけじゃない。周囲まで呆然と私と王子を見ている。
「大丈夫よね」
椅子の後ろにいた私の腕は、エマにがっしりと掴まれ、妊婦とは思えない怪力で王子の前に引きずり出される。
ひぃぃぃ。
声も無く、心の中で悲鳴を上げたものの、王子は私が断るとは夢にも思っていないのだろう。腕を差し出し、にっこりと笑っている。
「い・き・な・さ・い」
エマが一言一言はっきり発音して鬼の形相で私を睨み上げる。
何よりそんなエマが恐ろしくて、戸惑ったものの、王子の腕に手を伸ばした。
どうしよう。ウィリアムはワルツと言っていたけど、本当にワルツなんだろうか。それ以外なら、全く踊れない。足の運びを覚えていない。
というより、私のダンスを見た父上から『……お前はワルツだけでいい』と絶望とも懇願とも言えない目で訴えられたのを思い出した。
王子に腕を取られ、私は、処刑場に差し出される罪人の気分でおどおどとフロアの中央に出て行く。
ふと、前を見ると、ウィリアムとジュリアの二人が居た。
ウィリアムはきゅっと目を細めて「がんばって」と小声で私に言う。
無理無理無理無理。
高速回転で首を横に振ると、可笑しそうに笑われた。
その隣りの。
ジュリアを見る。
ジュリアも笑っているのかと思ったら。
彼は、無表情で私を見ていた。
目が合うと、ふい、っと視線を外される。
その仕草で気付く。
無表情なんじゃない、って。
表情を隠しているんだ、って。
そして、思い出す。
『私は王子様としか踊らないんです。そう決めてますから』
そう言った自分の声と『踊りたかったのか?』と尋ねたジュリアの声。
私は腕を組むエドワード王子の顔を見上げた。
ジュリアが、彼に声をかけたのだ、といまさらながら気付く。私と踊るように、と。
「ステップは気にしなくていいよ。私がリードするから」
不安で彼をみつめたと思ったのか、エドワードは人好きのする笑みを浮かべて私を見る。
私は曖昧に頷く。
それを合図のように曲が始まった。
「お先に」
ジュリアをホールドしたウィリアムはそう言って、綺麗なターンで私の側を通り過ぎる。かつり、とジュリアのヒールがフロアを蹴る音がして、私はちらりと視線を向ける。
「ここでは、俺はお前と踊れないから」
私の背後を通り過ぎざま、ジュリアが小声でそう言った。
華麗なステップとターンで会場を移動していくジュリアの後姿を見ていると、
「では」と王子に声をかけられた。
手を取られ、腰に腕を回される。体近くに引き寄せられ、ゆっくりとステップを踏む。
そして。
すぐに気付く。
私の手を握るこの手は違う、と。
腰をホールドする腕は、この腕じゃない、と。
引き寄せられてわずかに薫る香水はこの香りじゃない、と。
ゆっくりとエドワード王子にリードされてワルツを踊りながら、私は石畳のテラスで踊ったジュリアのことしか思い出さなかった。
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