第13話 ここ、出るのよ
赤くなった頬を両手で挟みこみながら、エマを見下ろした。
「そうだけど……。どうして? エマも泊るの?」
これだけ大きな屋敷だもの。私たち以外にも宿泊客がいてもおかしくはない。
そう思って尋ねたつもりが、エマはとんでもないと言いたげに首を横に振る。
「なに? どうしたの」
私は目を細める。エマのその反応の仕方がおかしい、と思った。
「あなた達、噂を知らないの?」
エマが目を細めて見上げる。少しぽってりとした唇がゆっくりと開いた。
「ここ、出るのよ」
無言でしばらくエマを眺めたものの、戸惑って首を傾げる。
「出る、って何が」
「幽霊」
「幽霊……」
エマの双眸はまっすぐに私に向けられていて、冗談を言っているようには見えなかった。
「うーん……」
おもわず苦笑する。エマはちょっと怒ったように口を尖らせた。
「本当なんだから」
エマがそう言った時、音楽隊が静かに曲を流し始めた。
ふたりして、口を閉じる。
フロアに居た参加者たちはゆっくりと壁際に移動し始めた。今から、主賓と主催者がワルツを踊るのだろう。
拍手が起こる。
私たちは皆の視線を追って会場前方の観覧席を見た。
そこには、エドワード王子にエスコートされたジュリアがちょうど数段の階段を下りてフロアに足を下ろしているところだった。
まるで、絵画のようだ、と思う。
今日は橙色の丈の短いドレスを着たジュリアは、花の妖精のようだ。長い髪を肩まで垂らし、ゆるくカールをかけている。
エドワード王子とジュリアはワルツの曲に合わせて踊る。
その優雅さに誰もが魅入った。
数日前は私に合わせて男性パート踊っていたジュリアは、今は女性パートを見事に踊りきっている。
瞬間に、恥ずかしくなった。
よくあのダンスで「踊れる」と私も言い切ったもんだ。
「お人形のようねぇ」
エマがうっとりと呟くのが聞こえた。
確かに。
男とは誰も思わない。今は。
私はエドワード王子と華麗にターンをするジュリアを見る。
男か女かわからない年齢なんて、限られている。
背も伸びるし、今はそんなに目立たないけど、髭だって生えてくるだろう。
実際、喉仏が目柄立ちはじめているので、ハイネック以外のドレスは着ることができない。
そんな。
有効期限がある中で生活するジュリア。
『好きでこんな格好してるんじゃないっ』
そう私の前で怒鳴ったジュリアを思い出し、胸が痛くなる。
「こちらがお姉さまかい?」
ふと気付くと、ウィリアムが隣りに立っていた。相変わらず優しい笑みを口元に浮かべて、椅子に座るエマに会釈する。
慌てて頷き、エマを早口に紹介する。
エマは立ち上がって礼をしようとしたが、お腹が大きい事を配慮してくれたのか、「どうぞそのままで」と制された。
「楽しんでる?」
ウィリアムは壁にもたれながら私に尋ね、くすりと笑った。
「って、言っても僕のパーティーじゃないけど」
「姉とも久しぶりに会えたので、十分楽しいです」
応じると、ウィリアムは満足そうに目を細めた。
「ジュリアが心配してたから」
「なにを?」
「アレクシア殿を」
「私を?」
驚いて尋ね返すと、ウィリアムは愉快そうに笑った。
「長旅初めてだ、って言ってたから。疲れてないか、とか、退屈してないか、とか」
私は目をぱちぱちさせて、フロアで踊るジュリアを見る。
「私には、なーんにも言いませんでしたけど」
「そういう人物だから」
まぁねぇ。
私は意外そうにジュリアを見る。
馬車の中では仏頂面で黙ってたから、機嫌が悪いのかと思ったけど、気遣ってもくれていたらしい。
「アレクシア殿が来てくれて、僕もジュリアも感謝してるんだよ」
「私?」
自分を指差して思わず確認してしまう。護衛として役に立ってる、ってことかしら。
「今、絶対違う事考えてる」
ウィリアムは面白そうに腰を屈めて笑い始める。
「ジュリアの精神衛生上、ものすごくいい働きをしてくれてる」
……それって、『怒られ役』ってことよね。
「喧嘩しようにも、愚痴をこぼそうにも、『相手』がいないと出来ないからね」
ウィリアムがちらりとジュリアに視線を送って私にそう言う。
なんだか、自分の中で言葉が詰まった。
ジュリアに『雇った』と言われて館に連れて行かれたけど、ジュリアの秘密を守るために、最小限の使用人しか館にはいないことにはすぐに気づいた。しかも、世話係はジュリアの配下というより、ジュリアの母君の息のかかった人たちだ。ジュリアに対して、というより、ジュリアの母君に対して忠誠を誓っている。
そんな。
館で小さい頃から住んでいるジュリア。
心を許せるのは、年が近いウィリアムぐらいだったのかもしれない。
「僕は男だから。ジュリアだっていろいろ思うところがあっても本音は言えないんだと思う」
「女性の私にこそ配慮してほしいんですけど」
私がそう言うと、ウィリアムは小さく声をたてて笑った。
「同性には虚勢を張りたくなるんだよ、男って。それがわかるだけにね」
そんなもんかなぁ。
私はフロアの真ん中で参加者の視線を釘つけにしているジュリアを眺める。
一瞬、目が合った。
合ったものの。
なんだか不機嫌に目をそらされた。
……やっぱり、配慮が欲しい。
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