第24話 ユリウス・オブ・ルクトニア
「ロゼッタ卿から手紙は来ていたか?」
口を切ったのは王子の方だった。
ロゼッタ卿というのは、ジュリアの母方のお父さんだ。
ジュリアにとっては祖父にあたり、ジュリアの性別を偽ってまでも僧院に入れたくなかった人だと聞いた。
「来た」
ジュリアは端的に答える。
「屋敷に着いたら、男にもどれ、と言ってきている」
「今がその時期だ」
王子の熱っぽいその言葉を、ジュリアは鼻先で笑い飛ばす。
「ふざけるな」
ジュリアの口から漏れた言葉は、怒りで震えていた。
「女に化けろと言って見たり、男にもどれと命じてみたり」
ジュリアは吐き捨てる。
「真っ平ごめんだ。俺はおじい様にそれを言いに行くんだ」
「王を倒し、新政権を作れる旗印になれるのはお前しか居ない」
「お前がすればいいだろう……っ」
ジュリアの怒声に、私はびくりと肩を跳ね上げた。
心臓がどくどくと脈を打つ。そんな私に気づいたのか、ジュリアは戸惑ったように私を落ち着かせるように、髪を再び撫で始める。
「私はダメだ。妾腹の私が現政権を倒そうとしたら、私怨だろうと思われてしまう。その点、お前は違う。賢王として名高いジョージ王の遺児だ」
「俺は存在しないことになっている」
「ジュリア・オブ・ルクトニアには、双子の兄がいたんだ」
エドワード王子の言葉に、ジュリアは言葉を失う。私だってそうだ。この王子は何を言い出したんだ。
「今、その噂を王都に流している。ジュリアは尼僧院に入ったことにして、お前は男の姿にもどれ。ジュリアの双子の兄、ユリウス・オブ・ルクトニアとしてこの国の指揮をとれ」
「俺を旗印にして、お前が実権を握るのか」
ジュリアは乾いた声で笑う。王子は何も言わない。
「そんな噂に乗ってくる馬鹿はいないだろう。お前たちがいくら噂を流したところで失敗だ」
「お前しか出来ないんだ、ジュリア」
エドワード王子が熱っぽい声で訴えるのが聞こえた。
「ジョージ王の遺児であるお前にしか」
「
ジュリアはそう言ったっきり、口を閉ざしてしまった。何度かエドワード王子が声をかけるけれど、全く反応しない。
結局。
ジュリアは、馬車用の馬を交代させる宿屋までエドワード王子には口を聞かず、エドワード王子は小さなため息をついて、停止した馬車から降りる気配があった。
馬車の扉が開き、風が吹き込んでくる。
ふわりと舞う私の髪を、相変わらずジュリアは撫でていた。
「あれ。寝ちゃったんですね」
かわりに聞こえてきたのはウィリアムの声だ。
馬車の中に入ってきた訳ではないようで、光が陰った角度から、多分窓越しに覗いているんだと思った。
「動かない方が傷もつくだろう」
ジュリアがぽつりと呟く声が聞こえる。なんだかやけに暗い声だ。ウィリアムもジュリアの変化に気づいたのか、「どうされましたか」と尋ねる。
「お前、マリアはどうしてる?」
「母ですか? 田舎で相変わらず肝っ玉母さんしてますよ」
「ヘイグ郡だったな」
ジュリアはそう言い、少しだけ息を吐いた。
「あそこの司教とは縁が多少ある。お前、近々そこに移れ」
ジュリアの言葉に、ウィリアムはすぐに言葉を返さなかった。私だってそうだ。どきりと心臓が跳ね上がった。
「いやです」
ウィリアムが陽気な声で答える。
「なんで、ジュリアの側を離れなきゃいけないんですか」
「なんだか、きな臭い動きになってきた」
ジュリアは真剣な声でウィリアムに伝える。
「おじい様は俺を男に戻すつもりだが、どうも内乱をたくらんでいるらしい。巻き込まれる前に、俺の側から離れろ」
「いやです」
ウィリアムは再度明確に答えた。
「お前な」
呆れたように言葉を続けようとしたジュリアを遮り、ウィリアムは言う。
「お聞きしますけどね、アレクシア殿も手放されるおつもりですか?」
また私の心臓がどきりと跳ねる。
跳ねて、ばくばくと暴れる。
私も、ジュリアの側から離されるのだろうか。
そう考えただけで、不安で息が苦しくなりそうだ。
多分、離れたりしたらもう会えない。
こんな風に話したり、側にいたり、じゃれるようにケンカすることなんて絶対できない。
そもそも。
私やウィリアムがいなくなったら、誰がジュリアを守るというのか。
もしも。
私は自分の中で、想像する仮定を、「もしも」と強く前置きする。
もしも、私たちがいなくなって、ジュリアが反対勢力に襲われたらどうするのか。
もしも。
それで、命を落としたらどうしたらいいのか。
そんな風に考えて、訳もなく焦って、どうしようもなく心臓がばくばくと脈打つ。
「アレクシアは……」
ジュリアは私の名前だけ呟いて、語尾を消した。ウィリアムが鼻で笑う。
「ひどいですよ、ジュリア。付き合いが長いのは僕の方なのに、アレクシア殿は手元に残して、僕だけ田舎に返そうったって、そうは問屋がおろしませんよ」
「アレクシアも……」
「手放せるんですか」
「アレクシアを……」
「アレクシア殿を、手放せるんですか」
ウィリアムが珍しく強い口調でジュリアに言い放つ。
ジュリアは黙り込んだ。
「僕は貴方から離れませんからね」
「ウィリアム」
「僕が死ぬのは、貴方の隣だと決めてますから」
ウィリアムの言葉の語尾は、拍車の立てる金属音にかき消された。
その、拍車の音も次第に遠ざかっていく。
「俺は、どうしたらいいんだろうな」
ジュリアが私の頭を撫でながら、そんなことを呟いた。
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