第31話 王都にむかって

 ジュリアがその後、館に戻ったのは、一〇日後だった。


 その間に私はバートラムからルクトニアの状態について、鷹便で何度か情報のやりとりをし、文書をまとめていた。


 被害はここより格段少なかった事。

 被害にあったのは、港の一部区間で、おもに津波によるものだったこと。

 死亡事件はおきなかったこと。

 交易に訪れていた外国の商人の船が何隻か損害を受けたこと、などが上げられていた。


 私はそれをウィリアムに託して山間部で救助に当たるジュリアに伝えると、今度は、「その商人宛に翻訳して渡してくれ」と、ジュリアから文書が届いた。


 文書には、交易船の補修はこちらが請け負うこと。

 その間の滞在場所の確保も行う事などが書いてあり、簡単に言うと、「今後ともご贔屓に」というところだった。


 私はすぐにいくつかの外国語に訳した手紙を作成し、それを鷹便でバートラムに送ると、ジュリアが館に戻る頃には、バートラムから補修した船と商人のリスト、金額、その後の様子についての返事が届いていた。

 ジュリアは館に戻り、風呂や着替えを済ませて自室にいた。

 私はバートラムの手紙の束を持ってお邪魔すると、疲れも見せないでジュリアは書類に目を通してくれる。


「やっぱり、お前は完璧だな」

 ジュリアが満足そうに笑うから、ほっとする。


「ルクトニアの被害が少なくてなによりだった」

 書類をそろえると、飴色に磨き上げられた机の上に置く。それについては私も同意見だった。


「ルクトニアにはいつ戻るのですか?」

 バートラムからの手紙にも、「いつ帰還されるのか」と言うことがしつこいぐらいに書かれていた。

「……少し、かかるかな」

 すぐに戻るものだと思っていたから、驚く。


「今から、ウィリアムと、この領の騎士たち二〇名程度で王都に行く」

「王都? 今から?」

 何をしに。目をしばたかせた私に、ジュリアは小さく肩を竦めた。


「王都付近の被害がすごいらしい。というか、地震の震源が王都の傍だったようだな。倒壊家屋が多い上に、地震の後、火事が起こったそうだ。いまだに復興の手がつけられていない、ということで、主だった領主に王が声をかけているらしい。おじい様にも声がかかったから、代理でちょっと行って来る」


「さっき帰って来たところなのに」

 思わず本音がぽろりと口から零れ出ると、ジュリアに意味ありげに笑われた。


「俺に会えなくて、寂しかったんだろ」

「そういう訳では」

 ないわけは、ないんだけど。私はそっぽを向く。


 ジュリアに雇われてからと言うもの、常に側にいたから、〝ジュリアが居ない〟という状態になんだか慣れない。


 不思議だな、と思う。


 だって、今まで一六年生きてきて、ジュリアと一緒にいた期間のほうが格段に短いのに、どうしてこんなに不安だったり、切なかったり、すぐ会いたくなるんだろう。


「俺はずっと寂しかった」

 ジュリアにそう言われ、首まで真っ赤になる。

 なんでこの人はさらりとこう言うことが言えるのか。


「王都から帰ってきたら、一緒にルクトニアに帰ろう。それまで、この部屋をお前が自由に使えるようにおじい様に言ってある。ルクトニアの商人関係の事は、アレクシアに相談するよう、バートラムに鷹便をさっき出したから。ここで仕事するといい」

 ジュリアはそう言って、私の頭をなでると、扉の方に向かって歩いていく。


「ジュリア」

「ユリウス」

 くるりと振り返ってまた睨まれる。「ちゃんと覚えろ」。ユリウスはぶっきらぼうにそう言った。


「すぐに帰ってくるから、王都から帰ってくるまでに、それ、直しとけよ」

 私を指さし、笑いながら部屋から出て行った。


『すぐに帰ってくるから』  

 そうは言ったものの、実際には、ジュリアが……。


 いや、ユリウスが館に戻ってきたのは、一ヶ月も経っての事だった。


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