第9話 だいたい、こいつ、男なんですけど

「ごあいさつの方々が来ましたよ」

 ウィリアムが口早に私とジュリアに言う。

 私は振り返って、螺旋階段を見た。


 話題が打ち切られて少しほっともしている。

 ウィリアムが言うとおり、紳士だの騎士だのが順番に階段を上がってきていた。

 ジュリアはイスの上で姿勢を正し、ウィリアムは彼の背後から一歩前に出て横に立つ。

 私は、ジュリアを挟んでウィリアムと反対側に立った。


「多分、ダンスの申込みだと思う。断って」

 ウィリアムは口唇をなるべく動かさず、早口に私にそう言った。

 ちらり、とフロアを見下ろすと、いわゆる『壁の花』と言われる、ダンスの申し込みを待つ淑女たちが何人が目に留まる。

 私は階段を上がってくる男たちを見て、内心ため息を吐いた。

 どうせ、断られるんだからあの彼女たちに声をかけてあげてよ、と。

 『壁の花』になっている淑女たちの姿が、なんだか自分に重なって見えて、胸が痛い。


 だいたい、こいつ、男なんですけど。

「姫、お初におめもじつかまつります」

 まず最初の男が私の前で片膝をついて恭しくジュリアを見上げる。

 目の前の私を通り越して、もう、ジュリアだけ見て、紳士は自己紹介を行った。

 空気か、私は。

「是非、一曲わたしと踊ってください」

 男は軽く頭を下げてジュリアの言葉を待つ。

 私はちらりとジュリアを振り返った。

 ジュリアは、扇子で完全に顔を隠している。その横でウィリアムが無言で首を横に振った。


「申し訳ありません。姫君は今お疲れですので、またの機会に」

 私がそう言うと、紳士は少し気落ちしながら、ゆっくりと下がっていく。

 で。

 次の男が進み出てきて……。

 以下、これの繰り返し。

 私は何回も、「申し訳ありません」を繰り返し、ウィリアムは何回も首を横に振っている。


「どうか、私と一曲踊りませんか」

 少なくとも二〇人近くに同じことを繰り返した私の耳に、ふと、違うフレーズが入ってきた。


 自己紹介が抜けたのだ。


 私はまじまじと、目の前の男を見る。

 どうやら彼が最後らしい。

 がっしりとした体躯を黒の軍服に包んだ青年だ。

 ウィリアムと同い年か、少し上に見える。

 同じようにウィリアムも軍服を着ているが、彼の方が華奢で中性的だ。今、目の前にいる男はどちらかというと「男っぽい」。

 ただ、とっつきにくい、というわけではなく、日に焼けた肌と金髪の猫っ毛が、彼を人懐っこく見せていた。


 目が合うと、にこりと微笑まれた。

 私は慌ててちらりとウィリアムを振り返る。

 珍しく、ウィリアムが戸惑っていた。

 ふと、ジュリアを見ると、扇から少しだけ出した目で「断れ」と訴えかけている。

 ように、見えた。

 私は改めて青年の方に向き直り、さっきまで幾度となく口にした言葉を繰り返す。


「申し訳ありません。姫君は今お疲れですので」

「姫ではなく、貴女に申し込んだのだけど」


 苦笑して青年がそう言うのを、私はきょとんとして見つめた。

「一曲いかがですか?」

 青年はそう言って軽く頭を下げる。


 私は思わず振り返る。

 後ろに誰かいるんじゃないか。

 その人に、この青年はダンスを申し込んでいるんじゃないか。

 そう思ったのだけど。

 ウィリアムに噴き出され、青年には陽気に笑われ、ジュリアには睨まれた。


「貴女ですよ、貴女」

 視線を青年に戻すと、青年は心底可笑しそうに笑っている。

 私は急に恥ずかしくなった。顔が真っ赤になるのが判る。

 青年はそんな私を、笑いを納めて見つめた。


「ふと見上げたら、きれいな『花』が観覧席にあったもので、思わずここまでやって来てしまいました」

 はぁ、と私が間抜けな返事をした途端、ジュリアに咳払いをされた。

 不機嫌なジュリアの瞳に気づき、ようやく頭が回転しはじめる。


「どこかの『花』とお間違えのようです。フロアにはあんなに綺麗な『花』がそろっておりますよ」

 私が階下に向けて手を差し伸べると、いきなりその腕を握られた。


「いいえ。私が誘われたのは異国の香りがする花です。貴女に間違いない」

 ぎょっとして私はその手を振りほどこうとした。

 ……正直にいうと、手首を返して、小手返しの要領で関節を極めようとしたのだけど。

 すんでのところで、ウィリアムが背後から私の腰に腕を回し、勢いよく引き戻してくれた。


「申し訳ありません、エドワード王子。そういったおたわむれが通じる娘ではありませんので」

 ウィリアムは私を胸の前で抱きしめたまま、優雅に青年に向けて微笑んだ。

「王子」

 私は呟く。驚くと同時に、冷や汗が噴き出る。


 危ないっ。

 いきなりだったとはいえ、王子の手首をへし折るところだった。

「なんだ、すでにウィリアムのお手つきか?」

 エドワード王子と呼ばれた青年は、片目をつむってみせるが、ウィリアムは首を横に振って苦笑する。


「まだ、どなたの花でもありませんが、この花は少々棘がありますのでご注意を」

 そう言うってことは、私がエドワード王子の腕を折りかけたことに気づいているらしい。ちらり、とジュリアを見ると、私に向かって「ばかめ」と小声で吐き捨てた。

 幸いというか。ジュリアのその言葉は、エドワード王子には聞こえなかったらしい。


「エドワード・オブ・ランカスターだ」

 エドワード王子は私に向かって陽気に笑って見せる。王家の名前だ。

 現王ヘンリーには確か7人の息子がいる、と聞いている。

 すべてが王妃が産んだわけではなく、王妾が何人かいるそうだ。

 その王妾が産んだ子も、王は認知をしていて、王位継承者として名を連ねさせていると聞く。


「王位継承権7位の王子だよ。ジュリアと仲が良い」

 ウィリアムが小声で私に囁くと同時に、抱きしめていた腕を解く。

 私はウィリアムの腕から離れると、スカートをつまんで膝を折った。

「アレクシア・フォン・ヴォルフヤークと申します」

「ジュリアの付き人か?」

 エドワード王子は気さくにジュリアに声をかけた。

「家庭教師だ」

 ジュリアは素の声で返すと、広げていた扇をぱちりと閉じて、形の良い眼を細めてエドワード王子を睨みつけた。

「こんなところに呼び出して……。何の用だ」

「たまにはこんなところもいいだろう? ジュリアが全く社交界に出てこないから、知り合い筋からやいのやいの言われてな」

 エドワード王子はそう言ってちらり、と階下を覗く。

「お前との結婚を望む男がほら、山のようにこちらを見上げている」

「気色悪い」

 ジュリアは吐き捨てると、ウィリアムを睨みあげる。

「斬り殺して来い」

「……まぁ。ジュリアの貞操に危機が及んだら、僕が殺してあげますよ」

 ウィリアムは苦笑して物騒な事を口にした。


「さて、ジュリア」

 エドワードはそう言い、ちらりと私を見た。ウィリアムも同じように私を見ている。

 ……なんだろう。

「アレクシア」

 ジュリアはつまらなそうに私の名前を呼ぶ。

「はい」

「そこ、テラスがあるんだろう?」

「ありましたね」

「しばらくそこにいろ」


 そう言われて、二人の視線の意味が分かった。

 人払いだったのだ。


「席を外すんだったら、ホールに降りちゃいけませんか?」

 私が階下を指さすと、噛みつきそうな顔でジュリアに睨まれた。

「男を探す探す、とか言いながら、手を出そうとした男の腕をへし折ろうとした女を野放しになんかできるかっ」

「……ですよね」


 はいはい。私は名残惜しくおもいつつも3人に小さく頭を下げ、カーテンに近寄る。

 深い緑色のドレープのついたカーテンをめくり、観音扉を開いた。

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