ウィリアム
ウィリアムepisode 1
「……どうか、しましたか?」
指示された部屋に、アルフレッド坊ちゃんと伺った僕は、目を瞬かせて思わず尋ねた。
じろり、と。二人から睨まれたからだ。
「母上!」
ここまで手をつないで来たのに、アレクシア殿の姿を見た途端、アルフレッド坊ちゃんは、僕など忘れたかのように一目散に彼女の元に駆け寄った。
「アル。きちんと剣の稽古はできましたか?」
アレクシア殿は眼を細め、イスに座ったままアルフレッド坊ちゃんを抱き上げた。
膝に乗せるときに、若干顔を顰める。まだ、体調が思わしくないのかもしれない。気づいたのは、僕だけではなかった。殿下はすぐにイスから立ち上がる。
「アル。お父様のところにおいで」
そう言って、アレクシア殿にしがみつくアルフレッド坊ちゃんを抱き上げた。坊ちゃんは、あきらかに不満そうで、殿下の腕に抱えられてもなお、未練がましそうにアレクシア殿を見下ろしている。
「お母様はまだ、体調が悪いから」
さすがに、3歳のこどもに、『我慢しなさい』とは殿下も言えなかったらしい。ただ、アレクシア殿は申し訳なさそうに、坊ちゃんを見上げて自分の下腹部をそっと撫でる。
すでに、2度目の流産だ。
医師からはもう、妊娠は望めないだろうと言われていると聞く。この一ヶ月ずっと寝室で過ごしていたアレクシア殿だが、今日、こうやって出てきた、ということは体調は戻りつつあるのかもしれない。
「では、僕はこれで」
家族だんらんを邪魔しては悪いだろう、と僕は声をかけた。
ちらり、と視線を感じて顔を向けると、アレクシア殿の背後に、一人の少女が控えていることに気づいた。
見覚えは無いが、新しい侍女かもしれない。
「待て、ウィリアム」
「お待ちください、ウィリアム」
僕の退室を制したのは、殿下とアレクシア殿だった。
「……なにか?」
首を傾げ、二人を見る。
表情は、対照的だった。
殿下は端正な眉をハノ字に下げて情けない顔をしており、アレクシア殿は逆に眉を跳ね上げて怒りに燃えた目を僕に向けている。
「この娘を覚えておいでですか?」
アレクシア殿は固い声で、僕に問い、背後に控える少女を示した。
「……こんにちは」
少女はアレクシア殿の背後で、緊張した声を上げる。
はて。
僕はまじまじと少女を見た。
年は一〇代後半、といったところだろうか。殿下に出会った頃のアレクシア殿と同じぐらいの年に見える。
ただ。
印象は真逆だ。
アレクシア殿は、何故だか自分を不美人だと思い込んでいるけれど。実際は、エドワード王が評された通り、香り髙き異国のバラを思わせる容姿だ。一方、この少女はどちらかといえば、ひなぎくやタンポポを連想させる。
可愛らしく、儚く、あどけない。
そんな印象の少女だった。
「どちらかで、お会いしましたか?」
笑みを湛えて僕が尋ねると、少女は目に見えて落胆し、アレクシア殿は激怒で前髪が逆立ちそうだ。その隣で、殿下は坊ちゃんをあやすふりをして、僕から視線を逸らした。
「自己紹介を」
怒りに奥歯を噛みしめながらアレクシア殿が言うから、「ひほほほうかいを」と聞こえた。少女は僕に向かって優雅に一礼をして見せる。
「シャーロット・オブ・サザーランドです」
サザーランド。
ふと、記憶をくすぐる名前だ。サザーランド。首を傾げていると、こほん、と殿下が咳払いする。ちらりと視線を送ると、「愛欲の館」と口だけ動かした。
「ああ! サザーランド伯爵家の姉妹か! 大きくなりましたね!」
確か、当時はシャーロットが一四歳で、下のアリスが五歳かそこらだった。あの時から愛らしい、とは思っていたけど、成長して、こうやってみると、やっぱり花のようだ。
「私の体調が戻るまで、アルフレッドの養育係として来てもらいました」
アレクシア殿が不機嫌の塊のような声を発する。
「シャーロット。アルフレッドを連れて、語学の先生のところに行ってもらえますか?」
アレクシア殿は、シャーロットに対しては優しげな声でそう言う。シャーロットは慌てて頷くと、殿下に近づいた。殿下は坊ちゃんを床におろし、「シャーロット嬢の言うことを聞くように」と伝えて頭を撫でる。坊ちゃんは頷くと、シャーロットと手をつないで部屋から出て行った。
「責任を取って頂きますよ」
背後で扉の閉まる音が聞こえると同時に、アレクシア殿が冷淡にそう言い放つ。
「何を?」
僕は首を傾げる。何故彼女がここまで僕に怒りをぶちまけるのか、さっぱりわからない。
「お前、あんな子どもにまで手を出したのか」
殿下のため息交じりの言葉に、噴き出しそうになった。
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