第7話 誰もがその笑みにのまれる

 はいはい。

 私は小さく返事をし、慌ててその背後についた。


「まずは、お招きいただいたサンダース公爵夫人にご挨拶なさってください」

 背後から私は二人に声をかけた。

 ジュリアは小さく頷く。

 仕事モードに入ったジュリアの横顔はかなり凛々しい。

 ウィリアムはジュリアに腕を貸しながら、扉を開いて廊下に出て行く。

「その後、ブーリン男爵夫人、アボット子爵夫人にご挨拶なさってください」

「ブーリンはわかるが、アボットは知らん。誰だ」

 ジュリアは廊下をリズミカルに歩きながら、ちらりと私に視線を寄越す。

「サンダース公爵夫人の従姉妹君です」

 私の言葉に、ジュリアは小さく鼻を鳴らした。

 廊下で行き違う何人かの使用人が、私たちに道を開け、深々と頭を下げる。

 そんな中を、私たちは大広間に向かって歩き続けた。


「あいつは本当に来ているんだろうな」

 ジュリアは、ぼそりと腕を組むウィリアムに尋ねる。私は彼らに視線を向けたが、彼らは私を見なかった。

「いらっしゃっている、との確かな報告です」

 ウィリアムは答える。「あいつ」とは誰なんだろう。

 私がぼんやりとそう思っていると、ジュリアの視線を感じて顔を上げた。

「アレクシア、俺から離れるなよ」

「わかっております」

 私が言葉を返すと、満足そうに前を向いた。

 すぐ向かいが、大広間に続く扉だ。

 近づくと、広間から音楽があふれ出している。

 もう、舞踏が始まっているのかもしれない。

 何度も同じリズムを刻むカノンが聞こえてきた。

 扉の前には、棒杖を持った衛兵二人が扉の前に立っている。

 ウィリアムとジュリアの姿を認識したらしい。

 構えていた棒杖を降ろし、目礼をすると、扉を中に向かって押し開けた。

 一気にあふれ出す音楽と、シャンデリアのまばゆい光が私の目を差す。


「ジュリア・オブ・ルクトニア様、ご入場!」

 衛兵の高らかな声が室内に響き、音楽が徐々に小さくなる。

 扉の前に立つ私たちに気付いたのだろう。

 大広間にいるたくさんの人たちが、私たちの方を向いて頭を下げて動きを止める。

 私は、思わず足が竦んだ。


 こちらに向かって。

 いや、正確にはジュリアに向かって人々が頭を下げる、その様子に足が竦んだ。

 だけれど。

 ジュリアもウィリアムも動きを止めない。

 まるで、かしづかれることが当然だと思っているかのように、悠然とその人の中を歩いて行く。

 私は数歩遅れてその後を追った。

「サンダース公爵夫人」

 ジュリアは、部屋の中央で足を止める。

 ジュリアの前には、初老の女性がわずかに頭を下げて待っていた。彼女が、この舞踏会の主催者であるサンダース公爵夫人なのだろう。


「今日はお招き頂きありがとう」

 ジュリアは綺麗なファルセットでそう言う。

 まるで彼が男だとは誰も思わない、綺麗な裏声だ。

 階級が上だという特権もまた生きている。

 ジュリアの前では誰もが跪くせいで、彼の長身に気付きにくい。

 エスコートしているウィリアムが特別な長身と言うこともあるのだろうし、側にいる私がジュリアと同じぐらいの身長だということもカモフラージュの一因かもしれない。

「姫君におかれましては、ご機嫌うるわしゅう」

 サンダース公爵夫人は定型の言葉を口にする。

「ブーリン男爵夫人、アボット子爵も、お招きありがとう」

 ジュリアはサンダース夫人の隣で小さくなっている二人の中年の女性にも声をかけた。

 二人の婦人は弾かれるように顔を起こすと、緊張で赤らんだ顔のまま、「姫君におかれましては、ご機嫌麗しゅう」と、やけに甲高い声で答えた。

「今宵はどうか、楽しんでいってくださいませ」

 代表してサンダース夫人がそうジュリアに言う。ジュリアは眼を細めてゆったりとほほ笑んだ。


 誰もが。

 会場の中の誰もが。

 その笑みに呑まれる。

 楽隊さえ音を鳴らすのを忘れた。

 ただ、ジュリアの笑顔を、その場のみんなが、呆けたように眺める。

 毎日見慣れている私でさえ、呆けたように彼女の顔を見ていた。

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