ウィリアムepisode 3

                  ◇◇◇◇◇


「派手じゃ、ないですか?」

 僕の腕を取り、見上げる彼女は、不安そうにそう尋ねた。


「全然」

 僕はにっこり笑う。今日のシャーロットはまさに、タンポポのようだ。大きくふわふわとした薄黄色のドレスを着ており、手にはレースの手袋を嵌めている。結い上げた髪には、これまた綿毛を連想させそうな白い絹のリボンをつけていた。


「似合ってるよ」

 そう伝えると、シャーロットは身を縮ませるようにしてうつむき、首まで真っ赤になる。そんな格好をすると、僕の二の腕にも頭が満たない。ヒールを履いているというのに、随分と小柄だなぁ、と思う。


 似合う、似合わない、といえば、彼女に最も似合わないのは僕だ。

 こんな可憐な少女に、三十路を過ぎたおっさんがくっついているのはなんとも滑稽だ。

 僕は小さく肩を竦めて首を廻らせる。

 普段は貿易商との懇親で使われる大広間には、今は領内の貴族や郷士たちが集められていた。

 数年に一度開かれるかどうか、と思うほどの盛大さで貴族たちには召集がかかっているようだ。フロアには色とりどりのドレスを着た淑女たちが、それぞれエスコートの男性を連れて参加している。


 見渡して気付くのは、『若い参加者が多い』ということだろうか。

 いつもは『交易』を中心目的として懇親会が開かれるせいか、参加者の年齢はまちまちだ。強いて言うなら、年配者や妻帯者が多い。


 だけど。

 この場を占めるのは、独身者で若者だ。

 アレクシア殿の気晴らしだ、と聞いたけれど。

 僕はシャーロットに腕を貸しながら、ゆっくりとフロアを歩いて回る。

 こんな騒々しく、賑やかな舞踏会を、何故アレクシア殿は望んだのか。


「若い人が多いですね」

 落ち着いた声に視線を下げると、僕と同じような印象を抱いたらしいシャーロットが、きょろきょろと周囲に視線を走らせて呟いている。

「若い子から声をかけられたら、お話しするといいよ」

 こんなおっさんと一緒よりは楽しいだろう、と思ってそう話しかけたけれど、随分と悲しそうな顔で俯かれてしまった。


「あの、聞きたいんだけどさ」

 僕は人の波を避けながら、壁際に移動する。できるだけ人の少なそうな場所で立ち止まり、シャーロットを見下ろした。

「僕、君に何かした?」

 シャーロットは、大きな瞳をさらに見開いて僕を見上げたけれど、すぐに頬を染めて視線をそらした。


「何も。ただ、あの晩、一緒に手を繋いで夜道を歩いたことが忘れられなくて」

 よーしっ。僕、問題なーしっ。

 心の中でガッツポーズを作り、ついでに上座に向かって視線を走らせる。ひな壇では、殿下とアレクシア殿が椅子に座って何か話をしていた。今すぐにでもあそこに行って、報告したい気分だ。


「妹を抱き上げて、私と手をつないで歩いてくださったでしょう?」

 シャーロットが潤んだ瞳で僕を見上げる。よしよしよし。やっぱり僕の記憶に間違いなし。あの時は、ふたりっきりでもなんでもなかった。

「逞しい方だなぁ、大きな人だなぁ、って。そう思ったんです」

 シャーロットの言葉に、僕は瞬きをする。


 ……まぁ。

 当時一四歳の彼女からすれば、当時二十代後半の僕が随分と大人に見えたり、頼りがいがあるように見えたのだろうけど。

 僕は内心苦笑する。

 今でこそこの領内に引っ込んで表舞台に出る機会はないけれど。あの時は、僕を指さして、『血塗れ教会騎士』だの、『ユリウスの死刑執行人』だの、碌な二つ名がなかった。

 どうやら、彼女はそのへんのことを知らないらしい。


「ウィリアム様は、私の初恋の相手なんです」

 か細い声が聞こえ、僕は視線をシャーロットに戻した。

 彼女は、大きく開いたデコルテの部分まで真っ赤にしてそんなことを言っている。

 ふと。

 口からついたのは、自分でも苦笑を生む言葉だった。


「初恋はね、勘違いだし、実らないんだよ」

 言ってから、思わず笑い出した。

 自分自身のことを思い返してそう言ったのだけど。

 シャーロットは自分のことを笑われたと思ったのか、目に見えて落ち込み、赤かった顔を今度は青ざめて肩をちぢこめる。

「いやいやいや。僕のこと、僕のこと」

 慌てて僕は首を横に振る。


 なにしろ。

 僕の初恋の相手は、少年だったんだから。


『ジュリア様の遊び相手に』

 そう言って殿下の前に連れてこられたのは、僕が九歳の頃だ。

 目の前の5歳の女の子を見て、なんて綺麗なんだろう、と一目で恋に落ちたのに。

 殿下の乳母をしていた母の、『ジュリア様は不憫だよ。男の子なのに、あんな格好をさせられて』という一言に、腰が砕けそうになった。

 不憫なのは、女装の少年に恋をした、あんたの息子だよ、と僕は心の中で泣いた。


「ウィリアム様の初恋は実りませんでしたか?」

 僕の説明に少し安堵したらしい。シャーロットは小首を傾げて僕を見上げる。

「実らなかったね」

 僕は笑う。実ってたら大変なことになってた。

「そのお相手の方は今、どうなさってますの?」

「幸せに暮らしてるよ」

 僕はひな壇をちらりと見る。まだ思い通りに動けないアレクシア殿を置いて、殿下はアルフレッド坊ちゃんを抱き上げた。フロアに降りてくる気のようだ。

「いい家庭人になってる」

「忘れられませんの?」

「まさか」

 僕は笑い出す。僕の黒歴史だ。


「失礼」

 低く、落ち着いた声がすぐ側で聞こえ、僕はシャーロットから視線を外した。

「彼女のおじ上かな?」

 まだ、二十代前半の若者だ。着ている服も、佩いている剣も随分と上等なところを見ると、高位の貴族のぼんぼんなのだろう。十以上も上の僕に、偉く高圧的な視線を向けてくるが、身長は僕の方が高いらしい。必死に威圧的でいようと、顎を上げて僕を見上げているところがほほえましかった。

「いえ、違います」

 僕は微笑んで彼に首を横に振る。若者はふん、と鼻を鳴らした。

「では、兄上かな」

「いいえ」

 僕は短く答える。

 多分。

 この男は、シャーロットに話しかけたいのだろう。まぁ。見てくれは悪くない。態度は悪いけれど、それも好意を持った女性の前でカッコつけたいだけなのかもしれない。

 だが、問題は身分だ。

 彼女と家格が釣り合わなければ、彼女を連れてこの場を去らなくては。

 僕は、若者の隣にいた五十代後半の付き人らしい騎士に顔を向けた。


「失礼ですが、どちら様でしょうか」

「この方は、ウリエル・オブ・ウェールズ伯爵の御長男。ランスロット様にございます」

 おもわず口笛を吹きそうになった。結構結構。問題ないぞ。

「僕はユリウス殿下より、彼女のエスコートを拝命したウィリアム・スターラインと申します」

 ウィリアム。付き人は呟き、大きく目を見開いた、ということは僕の過去を知っているのかもしれない。僕は気づかなかったふりをして、僕の腕を握りしめるシャーロットに視線を走らせた。

「この方は、サザーランド伯爵の御長女。シャーロット様です」

 伯爵。ランスロットという若者は呟き、首を捩じって付き人の騎士に何か耳打ちをした。騎士も何度か頷いている。

「少し、お話をしたいがどうだろう」

 ランスロットは相変わらず横柄な態度で僕に尋ねる。

「お話をしておいで、シャーロット。年も近いようだし」

 そう言って、僕はするりと彼女から腕を抜いた。シャーロットは不安そうに瞳を揺らせて僕を見上げている。

「僕は少し、アレクシア殿に挨拶に行ってくるよ。何かあれば、戻っておいで。ひな壇にいるから」

 僕が上座にいるアレクシア殿を指さすと、放っておかれたのではない、と気づいたようで、安堵の息を漏らし、何度か縦に首を振った。

「では」

 僕はランスロットとその付き添いに頭を下げると、人波を縫って上座に向かった。

 フロア中央の方では、殿下がアルフレッド坊ちゃんを抱えて貴族の若い女性何人かと談笑をしている姿が目に入った。


「やぁ」

 僕はひな壇に上がり、アレクシア殿に声をかけた。フロアをぼんやりと眺めていたアレクシア殿の瞳が焦点を結び、僕をとらえる。

「シャーロットは?」

 少し眉根を寄せ、咎めるように僕に尋ねる。

「年の近い男性と話してるよ」

 僕はアレクシア殿の隣に移動しながら、壁際を顎でしゃくってみせた。アレクシア殿は僕が示した先を見て、安心したようにひとつ息を吐く。

「体調は?」

 僕は尋ねる。いつもは人の目もあるし、と思って『殿下の奥様』にふさわしい言葉使いをしているけれど、二人の時は、こんなものだ。

「悪くない」

 アレクシア殿は力なく笑った。肘掛にもたれ、再びぼんやりとフロアに視線を彷徨わせた。


「この舞踏会、殿下にお願いしたのかい?」

 僕が尋ねると、アレクシア殿は曖昧に頷く。彼女の視線をそっとたどると、虚ろな目はフロア中央の殿下を追っていた。

 独身らしいたくさんの女性に囲まれ、にこやかに対応している殿下。

 左の腕に坊ちゃんを抱え、ときおりむずがるように坊ちゃんが動くと、視線を合わせ、何か話しかけている。


「気晴らしに旅行にでも行かないか、とおっしゃるから。気晴らしなら、舞踏会を開いてください、って」

 アレクシア殿が答える。僕は笑った。

「武闘会じゃなく、舞踏会を?」

 アレクシア殿は苦笑する。「そう」。頷く彼女に重ねて僕は尋ねた。

「ワルツしか踊れない君が、舞踏会を?」

「そう」

 アレクシア殿はまた微かに笑い声を立てた。僕はそんな彼女を一瞥し、視線を殿下に戻す。


「君、この舞踏会で殿下の側室を探すつもりなんだろ」

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