ウィリアムepisode 2
「はぁ!?」
思わず大声を上げて、二人の顔を交互に見る。
「手なんて出しませんよ! だって、子どもじゃないですか!」
「その子どもが、ずっと見合いを断り続ける原因が、貴方なんです」
アレクシア殿が、ぎり、と眉根を寄せて僕を睨む。おお、すごい迫力だ。
「シャーロットは三日前、伯爵が強引に進めた婚約が嫌で家を飛び出し、このルクトニアに馬車で到着したのですが……」
アレクシア殿は相変わらず僕を睨みつける。
「好きな殿方でもいるのかと聞いてみれば、あの夜のあの騎士が忘れられない、と言うじゃないですか」
「当時十四歳のこどもに、忘れられない何をしたんだ、お前は」
「いや、ひどいな、二人とも!」
僕は慌てて首を横に振る。
「ほんとに何もしてませんよ! あの晩は、あの子たちを連れてちゃんとサザーランド伯爵の別宅に連れ行きました! 殿下も知ってるでしょ!?」
「……俺は別のことに夢中だったから知らん」
「酷い裏切りだっ」
「あんな子どもの心に傷を負わせるような、何をしたんですかっ」
「いや、してないし!」
僕は必死に弁明する。何度思い返しても何もしてない。ただ、手を繋いで、一緒に夜道を歩いただけだ。しかも、二人っきりでもなんでもない。あの子の妹まで一緒だった。
「可哀想に。シャーロットは義理堅く、ウィリアムのことを慕い続けていたのに」
アレクシア殿の目の縁に涙が盛り上がり始めて、僕は仰天した。勘弁して! 殿下が怒るっ。
「ウィリアム……っ」
案の定、殿下が低い声で唸った。があああああ。もう、なにこれ。
「お前が結婚していないことが不幸中の幸いだ」
殿下はアレクシア殿側に立ち、ふわふわとその頭を撫でながら俺を睨みつけた。どうも、アレクシア殿は殿下に頭を撫でられると急速に大人しくなる。それは今も昔も変わらないようだ。もたれかかるように殿下に頭を預け、指先で素早く涙を拭っている。
それを一瞥し、殿下は僕に命じた。
「責任とって、シャーロット嬢と結婚しろ」
「あんな子どもと!?」
思わず叫ぶと、殿下は澄ました顔で僕に言う。
「もう、十七だそうだ。別に問題ないだろう」
「いやいやいや」
首を横に振る僕に、アレクシア殿がじっとりとした視線を向けてきた。
「その子どもに手を出したのは誰です」
「だから、手なんて出してないって!」
昔の言い方に戻って僕は訴える。
「だいたい、僕は今年、三十だ! だいぶ年の差があるっ。犯罪すれすれだよっ」
「……今は十七歳だから問題なのであって、彼女が二十歳になれば問題ないだろ」
殿下が他人事のように言う。
「ぎりぎり問題だとは思うんですが、もう、どうしようもないでしょ」
アレクシア殿はため息交じりにそう言うと、二人は視線を交わし合い、頷き合う。「勘弁してよ」と泣きたくなった。
「それに、彼女は伯爵令嬢でしょう? 僕とは家格が釣り合わない」
「俺が王位に就いた時、お前にも爵位と領地を与えただろ」
殿下が驚いたように言う。
いやいやいやいや。俺は内心で苦笑した。そんな後から取ってつけたような爵位に意味はないし、僕一代の物だ、と気づかないのは殿下ぐらいだ。
殿下が僕の結婚に口出しをするのは確かに今に始まったことじゃない。自分が結婚してからも、いくつか見合い話を持ってきてはくれたけれど。
全部、僕の方から断っている。
相手が断れないからだ。
先王である殿下が「良い男がいる。そちらの娘の相手にどうだ」なんて言われれば、「いやぁ。成り上がりの田舎者にうちの箱入り娘はやれません」などと断れないことぐらい分かっている。
だから。
『結婚には興味が無いんです。女性とは、その場限りの関係が楽だ』
と、笑って断り続けている。
「だいたい、お前は気が多いんだ」
殿下は、ふん、と鼻先で嗤ってそう言う。そりゃ、アレクシア殿一筋の殿下とは、確かに僕は違いますよ。
「いつも一緒にいるのに、そういうところは真反対ですね」
アレクシア殿が苦笑して殿下を見上げている。
ふと。
その瞳に影がよぎったようで、僕は首を傾げた。
「とにかく、責任取れよ」
殿下はそんなアレクシア殿の様子には気づかないようだ。俺を見て、そう厳命した。
「そうは言っても……」
口ごもり、ふと頭に浮かんだのは、何年か前に別れたミランダの言葉だった。
『一体、貴方はどんな女の手に落ちるんでしょうね』
結婚を迫る彼女を、のらりくらりと躱していたら、そんな台詞と共に捨てられた。
こんなことなら、彼女と一度でも結婚しておけばよかった。
後悔している僕に、アレクシア殿がするりと視線を向けてくる。
「今度、私の気晴らしに、と殿下が舞踏会を開いてくださるんです」
へぇ、と素直に驚いた。
アレクシア殿の『気晴らし』に選んだのが、『舞踏会』。『武闘会』ではなく、『舞踏会』。
ちらりと殿下を見ると、殿下は口をへの字に曲げる。
「アレクシアがそれがいい、って言うから」
ふぅん、と僕はアレクシア殿に再び視線を移す。意外だし、その理由に興味があった。
「その舞踏会に、シャーロットをエスコートして参加して下さい」
好奇心のままにアレクシア殿を見ていたら、冷たくそう言い放たれ、僕はうんざりしながらも頷いた。結婚を強制されるよりはましだ。
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