第11話 こんな私ではなく……
言うが早いか、ジュリアはステップを踏み始める。
わわわわ。
慌てて足を動かすけど、ジュリアに笑われた。
「下しか見てないだろ、お前」
「足を見ないと踏みそうでっ」
私は答えながら、わずかに聞こえるワルツの曲に耳を澄ます。
ジュリアは上手いものだ。
男性パートのステップを軽やかに踏みながら、おたおたしている私の腰を抱いてくるりとターンをした。
「ひえぇぇぇぇ」
情けない声をあげ、ジュリアに更に笑われる。
見た目は二人とも少女の私たちのダンスを誰かが見たら、なんと思うだろう。
ちらりとそう思ったが、存外楽しそうなジュリアの顔を見ていたら、そんなことはどうでもよくなった。
「よくこれで踊れる、って言えたな」
そう言うジュリアの顔を、むっとして見上げる。
「こんなにいきなりじゃなかったら、私だってもう少し……」
そこまで言って、あれ、っと思った。
「なに?」
視線に気付いたのか、ジュリアはステップを止めずに尋ねる。
「ジュリア、身長が伸びました?」
瞬きしながらジュリアに尋ねる。こうやって話しかけるときも、目線がわずかに上がっている。背が伸びてるんだ。
「成長期だからな」
ジュリアはうんざりした表情だ。
「ウィリアムがでかいから助かってる。あいつより背が伸びたら、俺はどうしたらいいんだ」
「この国の人にしては二人とも大きいですよねぇ」
そう答える私を、じろりと見てジュリアは言う。
「お前には負けないからな」
「なんの宣戦布告なんだか」
苦笑した時、ワルツの曲がゆっくりと終盤に向かっている事に気付いた。
「もうすぐ終わるな」
ジュリアは呟く。なんだか残念そうな顔だ。
「フロアで踊ってきては?」
そう言うと、じろり、と睨まれた。あ。やばい。機嫌を損ねた。
「うるさい。お前に付き合ってやろうと思っただけだ。だいたい、あんなところで踊ったら、俺は女として踊ることになるじゃないかっ」
言われて見ればそうだ。
「ばーかっ」
ジュリアはそう言って、いきなりホールドを解いて欄干にまたへばりつくようにもたれてしまった。
そう……、だよねぇ。
欄干に両肘を置き、その腕の中に顔を埋めるようにしているジュリアの後姿を見て私は改めて思う。
男、なんだよねぇ、と。
いくら綺麗でも、いくら可憐でも。綺麗なドレスを着ていても。
「お綺麗ですね」と。そう褒められて嬉しいはずはない。
同世代の男たちが着飾った淑女を誘って踊る様を目の前で見せ付けられて嬉しいわけはないだろう。
そう思って。
私は自分の姿を見下ろして哀しくなる。
茶色をベースにしたスカートを握り締め、私は知らずに俯いていた。
もう少し、綺麗な格好をすればよかった。
そうすれば、ジュリアの気も晴れたかもしれない。
もう少し、私が可愛ければよかった。
そうすれば、ジュリアも満足したかもしれない。
もう少し、私が綺麗なら。
私が相手でなければ。
もっと可愛い女の子であれば。
ジュリアは、そんな子と踊りたかったに違いない。
こんな欄干じゃなく、あのフロアで。
こんな私ではなく。
華やかな舞踏会で、貴婦人や淑女を相手に、ちゃんとした男の格好でジュリアこそ、踊りたいに違いない。
そう思ったら。
「ごめんなさい」
思わず口からそんな言葉が漏れていた。ちらり、と顔を上げたジュリアは、驚いたように私を二度見する。
「なんだよ」
欄干から体を離し、困ったように唇を下げた。
へ?
逆に私が驚く。
「泣くなよ」
ジュリアがぶっきらぼうにそう言う。
「ふぇ?」
驚いて頬に両手を当てると、涙が流れている事に気がついた。
「……八つ当たりした」
急いで涙を拭っていたら、ジュリアがぼそりと言って、ハンカチを突き出してくれる。
顔を上げると、ジュリアが戸惑っていた。
そんなつもりじゃなかったんだけど。
涙を流すつもりも無かった。
ただ、ジュリアに対して申し訳なかったのと、自分の容姿が悔しかっただけなのに。
「私こそ、すみません」
おそるおそるジュリアからハンカチを受け取って涙を拭うと、ジュリアは観音扉の方に歩き出した。
「館に戻ったら、旅の用意をしておけ」
「旅?」
目を丸くして尋ねる。
「おじい様の館に行くことになったから」
ジュリアは振り返りもせずにそう言うと、観音扉を開けて館の中に入ってしまった。
「旅、かぁ」
溜息をつく。
めまぐるしく毎日が過ぎていく。
いい加減、姉上たちに近況報告の手紙を書かなきゃ。
そんなことを思いながら、星空を見上げた。
まだ涙の残る睫越しにみた星空は、きらきらして綺麗だった。
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