第33話 全てを知る石
「ここが……魔族の機密情報保管施設?」
「ああ、間違いないだろう。そこに情報記録用の魔導石が置いてある。
セキュリティ・ゲートを進んだ先。
そこにあったのは広大な空間だった。高さ数メートルもある
「記録用魔導石って、あの浮かんでいる大きな石のこと?」
「そうだ。人間の道具で例えると、パソコンとハードディスクに近いな。アレに触れれば魔族の情報を見られるはずだ」
石に触れる前、念のためにもう一度だけ魔族の気配を探知してみたが、やはり琴乃以外の反応はない。これなら閲覧中に襲撃されることはなさそうだ。
静かすぎて不気味な感じもするが……。
私は抱き上げていた琴乃を床にそっと寝かせ、自分の手をゆっくりと浮かぶ石へと手を伸ばす。唾を飲み込み、目を見開き、自分の指先が石に接触する瞬間を待つ。
そして、手が触れた瞬間――
『高い魔力を検知しました』
「わっ、びっくりした……」
声が聞こえた。
機械音声だろうか。若い女性みたいな声が空間全体に響く。
突然の言葉に戸惑う私を他所に、目の前の石は質問を開始する。
『あなたは新しいユーザーですか?』
「え、あ、はい。そうなるのかな?」
私は随分たどたどしい返事をしていたと思う。
『新規アカウントを作成します。名前を教えてください』
「えっ? これって、本名でいいの?」
『情報へのアクセス者を明確にするため、本名でお願いします』
「じゃあ……
『ようこそ桐倉小夜子様。間もなく、アカウント作成が完了します……』
高校時代、よく周囲から「ユーザー名は本名にしない方がいいぞ」などと言われていたが、これでよかったのだろうか。
困惑していたためにあまり深く考えていなかった。鳩が豆鉄砲を食らったような表情で石を見つめていたと思う。
それにしても、警備がガバガバではないか。
あっさりと開くセキュリティ・ゲート。
あっさりと新規アカウントを作ってくれる情報記録用魔導石。
万が一、侵入された際のフェイル・セーフを放置していたのだろうか。
それとも、ここの防衛システムは私のことを――。
『それでは桐倉小夜子様、検索したい情報はございますか?』
翡翠色の石が私に尋ねる。
ここで私は考え込んだ。
何から検索すべきだろうか。知りたい情報は山ほどある。
どうしてこの基地に琴乃以外誰もいないのか?
その他、魔族の戦力とか?
――そして、琴乃が言っていた『戦争の真実』。
私は視線を床で横になる琴乃へと向けた。彼女は私がそれを知ることで『これまでの戦いが水泡に帰す』と言っていた。また、彼女は私がそれを知ることを恐れていた。
琴乃が私から守りたかった秘密。その蓋を開けてみようと思う。
「でも、どうやって検索したらいいのかな。『戦争の真実』なんて言っても反応してくれないよね……」
『『戦争の真実』の検索結果……該当件数……0』
この言葉だけではあまりにも抽象的過ぎる。それに、魔族内でその内容は秘密でもなくありふれた常識である可能性も高い。
それなら、琴乃について検索すればヒットするだろうか。その秘密は琴乃と近い場所にあったのかもしれない。それが原因で、彼女は真実を知ってしまった。直接それが該当しなくても、末端には辿り着くだろう。
「じゃあ『
『『月舘琴乃』の検索結果……該当件数……1』
石の表面に映し出されたのは、琴乃のプロフィールらしきページだ。どこか悲しい表情の顔写真がアップされている。
この情報は、魔族となった人間の身辺調査を行った結果らしい。これを参考に、魔族は仲間に引き入れる人間を選定していたようだ。
しかし、琴乃に黙ってこのページを見るのはまずいだろうか。ここには彼女の知られたくない秘密まで記録されているかもしれない。
でも――
「ごめん、琴乃。見るよ……」
人間を恨むようになった過去。私はそれが何なのか知りたかった。
きっと再び彼女に尋ねたところで、何も喋ってはくれないだろう。彼女も変に頑固なところがある。それは高校時代の付き合いで分かっていた。
『ここは月舘琴乃様の情報ページです。アクセスしますか?』
「うん……」
ずらりと並ぶ文字列。魔族が使っている言語だろう。
「琴乃が魔族になった理由については分かる?」
『該当箇所……2件』
「それを順番に教えて」
『しばらくお待ちください……』
そして、石は琴乃が人間を嫌うようになった最初の出来事を話し始めた。
『月舘琴乃様は10歳のとき、両親を犯罪で失っていたようです。自宅に押し入った強盗によって殺害されている、という調査結果がありました』
「えっ……」
『
「そんなこと、一度も言ってくれなかったのに……」
琴乃が私と出会う前に両親を失っていた?
初めて聞いた友人の過去。とても衝撃的だった。
トーンが全く変化させずに琴乃の過去を淡々と語る機械音声とは対照的に、私の心はぐらぐらと揺れ動く。私は彼女のことを、本当は何も知らなかったんだな、と。
もしかすると、琴乃は私に心配をかけさせたくなくて黙っていたのかもしれない。大切な人ほど、深刻な悩みを打ち明けにくいものだ。これまでと何ら変わりのない『普通の友達』という関係を続けるために、自分のイメージを保とうとしていた。
だが、この情報は彼女が言っていた『戦争の真実』ではないだろう。中東で魔族との戦争前に起きた話だ。そこに魔法少女や魔族は関連していない。
「じゃあ、もう一つの理由について教えて」
『かしこまりました』
恐らく、ここに『戦争の真実』が隠されているはずだ。
そして、戦争の裏で起きていた惨劇の末端について、石は静かに語る。
『調査員の報告では、琴乃様が『自分の友人の中に、人間の手によって殺害された魔法少女がいる』と仰っていた、とあります』
殺された魔法少女?
琴乃の友人?
それって、もしかして自分のことではないだろうか?
『彼女の友人』で、かつ『魔法少女』と言われて思い当たるのは私だけだ。
ただ一つ、『人間に殺された』という情報を除いての話だが。
私は
「その、魔法少女だった友人の名前は記載されてる?」
『該当箇所……1件』
「その人の名前を教えて」
『かしこまりました』
きっと、その人物が琴乃が持つ人間への恨みを増幅させた最大の要因だ。
そして、戦争の真実に近い魔法少女。
『その魔法少女の名前は、
自分の苗字が出て、「やはりこれは私のことだ」と思った。
彼女は私が人間に殺されたのだと勘違いしているのだろう。今すぐに誤解を解いて琴乃に真実を伝えなければ。自分を殺そうとしたのは魔族で、人間を恨むのは筋違いだ――と。
そんなことが自分の頭を過ぎた。
でも、違った。
殺された魔法少女の名前は――
『――
私の殺された妹だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます