第21話 終わりを生きる人間
私の心は焦燥感に駆られていた。
こうして集落に向かっている間にも、魔族は集落に侵入し続ける。
どんな低ランクな魔族でも、人間にとっては強敵なのだ。彼らの前では人間は脆弱で、あまりにも儚い存在である。
昔の戦争でも、それを思い知られることが度々あった。
近隣住民。
逃げ惑う幼稚園児。
市民を守ろうと戦っていた警察官。
そして、仲間の魔法少女たち。
みんな……守れなかった。
魔族に蹂躙されて死んでいった。
いつの間にか、自分の手に光の剣が召喚されていた。私は力を込めてそれを強く握る。
「集落の人を助けに行かないと……!」
「ああ、早く行こう!」
「じゃあ……行くよ!」
光翼からの推進力を全開にして、一気に接近した。
* * *
「も、もうお終いだ! 撤退しよう!」
塀の上で小銃を持つ兵士たちは苦戦を強いられていた。小銃の弾がなかなか効果を発揮せず、ほとんど一方的に仲間が消されていく。死神の爪が兵士の首を切り落とし、死体が血の雨と共に壁の下へ落下する。
「何言ってるんだ、斉藤! 街にはお前の家族もいるんだろ!?」
「すでに何体か死神が侵入してる! そっちの対処も……」
「お、おい! 後ろ!」
斉藤と呼ばれた兵士の後ろに死神が壁を登って出現した。
「うわぁあああああ!!」
死神は爪を軽く一振りし、彼の頭部をどこかへ飛ばした。切断面から鮮血を撒き散らしながら、斉藤の死体は壁の下へ落ちていく。
「ひっ!」
続いて死神は彼の同僚の兵士に目を付けた。爪を高く振り上げ、切り裂く体勢になる。
「だ、誰か助け……!」
そのとき――
ドスッ!
その兵士の願いが通じたのか、死神の爪は振り下ろされなかった。
「……?」
死神がその場におもむろに倒れ込んだ。その後頭部には光剣が刺さっている。
「こ、これは……一体?」
その男は周辺を見渡した。他の死神にも光剣が突き刺さっている。彼らは次々と倒れ、壁から落下していく。
そして、空には浮遊する白い少女。それが兵士たちの目を釘付けにする。
白い剣と翼から粉雪のような光粒を放っていた。
「あれが……伝説の魔法少女……なのか?」
彼女は壁の外側にいた魔族が全滅したのを確認すると、壁の内側へ飛んでいった。
* * *
「これで壁の外は片付けたわ。問題は街に入り込んだ
街の上空を旋回しながら、魔族を捜索する。その街の建造物はトタンやコンクリートなどの簡単な材料で構築されたものがほとんどだった。
「たくさんの死神も侵入したはずだが、姿が見えないな。住居の中に入り込んでいるのか」
ハワドも魔族を探知する能力を駆使して騎士の位置を探り出す。街にも多数の死者が出ており、彼らによって食い散らかされた死体が道路や屋上に転がっていた。
「いたぞ、小夜子。あの赤いトタン屋根の家だ」
「分かった」
私は旋回を止め、街の中で一回り大きなその建築物へ接近する。
私が屋根に降り立とうとした瞬間――
ドゴォォォォッ!!
屋根が下から突き破られ、上空へトタン板が吹っ飛ぶ。
「近くで見るとグロテスクさが増すわね」
改めて近くで見た
人間に近い体格。全身が筋肉で太く膨れ上がっている。そして、それが可能にする高い身体能力の接近戦。魔族にしては珍しく
屋根へ飛び出た騎士は、私へと走り出した。助走をつけて水平に跳び、
「キュオオオオオオオン!」
裂いた傷からは大量の体液が飛び出した。
そして――
「小夜子! こいつ自爆モーションに入った!」
「分かってる!」
「死ぬなら……独りで死になさい!」
私は召喚した剣を胸や頭部にさらに突き刺し、敵を剣ごと上空へ放り投げた。魔法少女になったことで強化された肉体は、敵を軽々と吹き飛ばす。
次の瞬間――
ドォォオオオオオン!
大爆発。集落の上空で魔導爆薬が起動し、集落はその閃光に包まれる。
幸いにも集落への大きな被害はほとんど出ず、生じた爆風が窓ガラスを割った程度に留まった。
「他の魔族はどこ?」
「奴ら、撤退し始めている。
私は集落を囲む巨大な壁を見つめた。多くの死神が壁を乗り越えて外へ飛び出ていく。
「もう二度と来ないでほしいわね」
* * *
「では、あなたは本物の魔法少女なんですか?」
――数分後。
街の広場に集まった住民たちに、私とハワドは囲まれていた。
「え、ええ。そうよ」
「魔法少女がいたっていう話は本当だったんだなぁ」
街の若者たちが私の姿をジロジロ眺め、感心したように呟く。
「あ、あの、私たち、この辺の魔族の情勢について聞きたいのですが、魔族がどこから来ているか知りませんか」
「そこの魔族を倒してくださるってことですか!?」
「そ、そういうことになります」
「この辺りの拠点の場所なら分かります」
若者たちの後ろから、白髪が混じった中年の男が現れた。
「それはどこにあるんですか?」
「静岡県の旧工業地帯です。彼らはそこから現れています」
この情報を聞いたハワドがそっと私に耳打ちをする。
「必要な情報は聞き出せた。とりあえずはそこの魔族の殲滅を目標にして、ここを発とうぜ」
「そうね。一般人に囲まれるこういう状況にも私たち慣れてないからね……」
私は踵を返して歩き出した。
集落の住民に別れを告げようとしたとき――
「ま、待ってください! ど、どうかこれからもこの街に残って魔族から我々を守ってくれませんか!」
白髪の中年男が叫んだ。ハワドが彼へ返答する。
「悪いな、おっさん! こいつには他にも守らなきゃいけない人がたくさんいるんだよ! この集落ばっかり構っていられないんだ!」
「せ、せめて、もう一日だけでもお願いします! 今夜、襲撃がなければ、魔族も諦めたということで納得しますから!」
男は広場で土下座し、私たちへ懇願した。
「おい、小夜子、このおっさん、こんなこと言ってるけどさぁ、どうするよ?」
「い、一日くらいなら、いいんじゃないかな?」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます! あ、私、
* * *
このとき、私たちは知らなかった。
この街にはある秘密があることを――。
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