第1話 戦乱の前の平穏
「ねぇ、
「え……あ、うん」
来年に卒業と大学入試を控えた、高校生活最後の秋。
放課後の教室には綺麗な夕日が差し込み、室内を赤く照らす。教室に残っているクラスメイトも少なく、涼しい風が吹き抜け、どこか哀愁が漂っていた。
この時期はどの生徒も大学を決める面談と受験勉強に忙しい。
私は担任教師との進路面談を終え、数少ない親友である
「面談で先生にどんなこと言われたのぉ?」
「うーん。特に厳しいことは言われなかったなぁ。『志望する大学にも問題なく入れそうだ』って」
「へぇ~、いいなぁ。やっぱり小夜子ちゃんは頭がいいから、偏差値高い国立大学も楽勝よねぇ」
「そんなことないって」
私は
普通科に通う高校3年生だ。学内での成績はまあまあ上の方をキープしていて、校則違反は1回もしたことがない。そんなことから、周囲から「優等生だ」とよく言われる。
「小夜子ちゃんなら、推薦入試とかもいけたんじゃないのぉ?」
「だって、面接とか苦手だし」
「あぁ、何か分かる気がする。小夜子ちゃん、普段は無口で大人しいタイプだからねぇ」
「そうかなぁ」
「行動よりも理屈が先に出るよねぇ。ずっと何かを考え込んでるみたいで、私も最初は近寄りがたかったもん」
琴乃だけに留まらず、他の同級生からも似たようなことを言われる。「無口」だとか「話しかけ難い」とか「怖い」とか。自分ではそんな風に思わないのだけれど、周囲の反応は随分と違うものだ。
それでも琴乃は私と仲良くしてくれる。彼女は私の高校生活の中で、かけがえのない親友として大きな意味を担っていた。
「ねぇ小夜子ちゃん、一緒に帰らない?」
「うん、いいよ」
だけど、もうすぐ進学によって互いに別々の道へ進んでしまう。
私はこんな日々がいつまでも続けばいいと、そう思っていたのに。
* * *
私と琴乃はそれぞれ荷物を持ち、高校を後にする。
人通りの多い商店街を歩きながら、私たちは雑談をしていた。
「最近、何かと物騒だし、一人で帰るのが心細いんだよね」
「今朝もニュースでやってたやつでしょ? 『女子中高生連続殺人事件』の」
「そう、それ!」
「一体誰なんだろうね、犯人」
私は携帯端末をポケットから取り出し、ニュースを紹介してくれるアプリを開いた。そのトップページには大きく見出しで「殺人犯、未だ見つからず」という文字が書かれている。
『女子中高生連続殺人事件』
今、巷を騒がせている大きな事件の一つだ。文字どおり、多くの少女たちが全国各地で犠牲になっている。その事件の特徴は、被害者となった少女の殺害方法がある点で共通していることだった。
「恐いよね。背後から、首の頚動脈を切られちゃうんでしょ? まるでアクション映画に登場する暗殺者みたいだよね」
「うん……」
犯人は背後から忍び寄り、一瞬で殺害を済ませている。
所持品も盗まれていないし、性的暴行を与えられた形跡もない。目撃者も皆無で、犯人の服装すら掴めていない。まるで殺人そのものが目的であるように。
そんな特徴が「この事件はただの殺人ではない」ということを世間に知らしめていた。
「お互い気を付けようね! 小夜子ちゃん! 特に小夜子ちゃんは胸も大きいし、綺麗な黒髪美人って感じだし、用心しなきゃ駄目だよ?」
「む、胸が大きいのはお互い様でしょ? それに気を付けても、そんなプロみたいな殺人者に狙われたら勝ち目がないって」
「胸のことを弄られるとすぐ顔が赤くなるんだからぁ! 小夜子ちゃんは可愛いなぁ」
「も、もう!」
「あ、じゃあ、アタシはこの辺で……」
気が付けば、私と琴乃の通学路の分岐点にまで到達していた。空に浮かんでいた夕日は完全に沈み、星がチラホラと輝き始めている。
「うん。じゃあまた明日、琴乃」
「またね、小夜子ちゃん」
琴乃は手を振りながら、自宅の方角へと歩いていく。私も彼女に応えるように、胸の前で小さく手を振った。
大丈夫、琴乃とはまた明日会える。
* * *
このとき、私は知らなかった。
今日が私の最後の登校日になることを。
次に琴乃と再会するとき、彼女は酷く歪な存在になっていることを。
私が高校を卒業し、大学へ進学することはなかったのだ。
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