第27話 少女の儚い決意
目を覚ますと、私は地面の上で横になっていた。私の真上に太陽が見える。私は崩壊した集落の建造物の陰へ移動されたらしい。上に毛布がかけられ、顔のすぐ横でハワドが佇んでいる。
「よっ」
「お、おはよう……肩の治療は終わったの?」
「ああ。もう痛みは感じないはずだ」
私は上半身を起こし、肩を回してみる。傷は完全に塞がれ、痛みは全く感じない。あの深かった傷がまるで嘘のようだ。
「ハワドさ、治療の腕を上げた?」
「まぁな。
「そうだね……」
体の調子は元に戻っている。体はかなり軽い。
天気だって良好だ。雲一つない
それなのに――
「
私は親友だった彼女のことが気になってしまう。
どうして彼女は魔族に味方なんかしたのだろう。昔から心の奥で人間を恨んでいたのだろうか。私にはそんな素振りを見せたことがなかったのに。それとも、私が気付いていなかっただけ?
「お前の親友だったヤツのことが気になるか、
「うん……私ね、琴乃に『人間なんて救う価値がない』って言われたとき、何も言い返せなかった。私は人間を救いたいのに、あの子の言葉に飲み込まれた」
「
このまま彼女の言葉を認めてしまうのは、私がこれまでやってきたことを否定するのと同義だ。魔法少女になって、多くの人がいる避難所を守って、魔法少女たちの仲間を結成して、苦しいこともあったけど、それでも人間を守るために戦った。その努力と苦労が水の泡になってしまう。
私は彼女の言葉を認めたくない。
でも、反論できる言葉が見つからない。
「そんなの、すぐに答えが出る問題じゃないだろ」
「そうだけど……」
「お前みたいな魔法少女が自分たちを守ってくれたことを感謝している人間だっていっぱいいるさ。敵の言葉にあんまり耳を貸すなよ? 自分が守りたいものだけを信じていればそれでいいんだから」
「うん……」
ハワドの言うとおりだ。まだ生きていたい人間だってたくさんいるはず。昔も、守っていた人間から私たち魔法少女の存在は感謝されていた。守った人間から「ありがとう」とよく言われたのを覚えている。
そう思うと、少しだけ気分が楽になった。
「俺からはハッキリしたことは言えないが、ヤツはウイルスによる影響で人格を書き換えられている可能性もある」
「それじゃ、昔の彼女とは別人格かもしれないってこと?」
「そうだな。もしかしたら、昔の人格がまだどこかに残っているかもしれん。うまく治療を施せば、正気に戻せる――」
「ホント!?」
この時代にまで生き残っていた親友。もし本当に人格が書き換えられているならば、私は彼女を救いたい。
「それに、ヤツと行動していた
「あの人……まるで機械みたいだった。痛みを感じてなさそうだったし、感情も見えなかった」
肩の傷を負わせた人物。人間や魔法少女を遥かに超えた身体能力で私を圧倒した。私の攻撃を的確にガードし、攻撃を受けてしまっても苦しい顔をせずに攻め込んでくる。
昨夜、彼は戦闘から一方的に離脱したが、あのまま続行していたら私は確実に死んでいただろう。
「まあとにかく、あそこで撤退してくれたのは助かったがな」
「あと一振りで私を殺せたのに、どうして急に撤退なんか……」
「小夜子の涙が効いたんじゃね?」
「まさかぁ」
私は彼が撤退する直前、死を感じて涙したのだ。
彼が放つプレッシャーはどこか
でも、魔族と戦う以上、そんな弱さは捨てなければならない。まだ世界中に残っている人間を救うためにも。
「ハワド、私たちはこれからどうするんだっけ?」
「え? この近くにある魔族の拠点を叩くんだろ?」
「ああ、そうだった。昨日は色々なことがあったから、つい忘れちゃった」
私は地面から体を起こすと、飛翔魔法を使って拠点の方角へと飛び立った。
琴乃を救いたい。
そんな願望を抱きながら――。
* * *
沈められた艦隊。
穏やかな海面の下に、海上自衛隊の空母・駆逐艦がずらりと並んでいる。おそらく魔族との戦闘で沈没させられたものだろう。船体に大きな穴が開いており、当時の戦闘の激しさを物語る。現在その艦隊は人工漁礁と化しており、そこへ様々な魚介類が棲み付く。海面から飛び出た砲身やレーダーにはカモメなどの海鳥が留まり、休憩の場として利用されていた。
私とハワドはそんな鉄の塊を見下ろしながら、太平洋海上を飛翔魔法で横断する。
「ここも戦いが激しかったようね」
「ああ。魔族の拠点を艦砲射撃か戦闘機による爆撃で破壊するつもりだったのかもな」
私は顔を上げ、進行方向を真っ直ぐに見つめる。
琴乃はこの方角へ飛び去っていった。それは集落の住民から聞いていた拠点の方角と一致する。この先に魔族の拠点があることはほぼ間違いないだろう。そして、そこに琴乃や透もいる可能性が高い。
「きっと激戦になる。覚悟しとけよ。小夜子」
「分かってるって」
そのとき――
ギャッギャッ!
周辺を飛行していたカモメたちが一斉に騒ぎ出す。
けたたましい鳴き声を上げながら、私の進行方向とは反対に逃げていく。その巨大な群れは何かを恐れているようだった。
「ど、どうしたのよ? このカモメさんたちは?」
「何かに怯えているみたいだな。野生の勘というヤツかもしれん」
その数秒後、カモメたちの勘は当たることになる。
私たちの視界があるものを捉えたのだ。
それは――
「紫の……流星!」
紫光。
青空の中を高速で飛翔する物体。
私たちへ高度数千メートルから急降下するそれは、魔法少女の天敵である存在だった。
「やばいぞ、小夜子! まさか、こんなところで会うなんて!」
「
ヤツが持つ羽は音速以上の速度を生み出し、さらに推進力として闇魔法を使用する。そのときに散らばる魔法粒子が『紫の流星』のように見えるのだ。
「――来る!」
【第3章 完】
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