第26話 魔法による破壊
「ふふっ。逃げてる逃げてる」
彼女の瞳に映るのは破壊された集落から逃げ惑う人々。必要最低限の物資が詰め込まれた荷物を持ち、壁の外へ逃げ出そうとしている。街の外へは複数の出口があるらしく、何人かの集団がバラバラに逃走を図っていた。その人々の中には年端のいかない子どもも含まれ、泣きじゃくる彼らを親が必死に引き連れる。
「魔族になりたくない人間なんて要らない。消えちゃえばいいよ」
彼女は彼ら向かって重火器を構えた。彼女の黒蝶羽から放出される闇魔法の粒子が砲身へ収束していく。
最大出力まで高められたそれは、逃げる人々へ向けられる。
「じゃあね」
キュォオオオオオン!
紫光。
彼女の言葉を合図に、直径数メートルにもなる粒子ビームが発射される。
それは街を囲む厚い壁を軽く貫通し、生き残っていた人々ごと消し去る。人間の肉を焦がし、骨を粉砕し、原形を留めないほどに。毛髪一本も残れば幸運と言えるその粒子ビームはさらに横へ薙ぎ払われ、広範囲で壁を粉砕していく。
「さぁ、みんな逃がさないんだから!」
その攻撃に当てられた人々は自分がなぜ死んだのか理解できていなかっただろう。死体すら残さない粒子ビームは集落の生き残りを全滅させ、二度と集落を復興できないまでに破壊した。攻撃された場所に残ったのは、大量の瓦礫と炎だけだ。
「はぁ。魔力の使いすぎちゃったかも……でも、スッキリしちゃった」
粒子ビームを出し切った琴乃の顔は少し疲れているようにも見えた。
しかし、その瞳と口元は満足気な表情をしている。
――私には琴乃を止めることができなかった。
* * *
「私、疲れちゃったからさ。
攻撃を終えた琴乃は壁の上に座り込み、観戦状態に入った。彼女はニコニコしながら地表で繰り広げられている戦いの行く末を見守る。
「うらぁっ!」
「……」
ガキィイン!
透は強い。私は何本もの光剣を召喚して放つも、彼はそれを易々と打ち砕く。表情を一切変えないまま。生身の人間には絶対に真似できないであろう高速の手捌き――それが彼のガードを可能にしている。隙を全く作らない。
彼が持つ日本刀のような魔法武器は、私の光剣より何倍も強度があるようだ。私の魔法を何度打ち砕いても、その刀は折れる気配を見せない。
また、彼が持つ高速の手捌きは攻撃にも転換され、刀が私を追い続ける。私は飛翔魔法を使って一気に後方へ下がり、彼との距離を取った。
「それなら……これで!」
私は一気に大量の光剣を作り出し、彼の周りをドーム状に囲う。全ての剣を同時に彼へ向かって放ち、彼を串刺しにする。いくら高速でガードできても相手の得物は日本刀たった一本だ。それなら、こちらの得意な『数』で勝負するだけ。全ての方向から来る攻撃を同時にガードすることなんてできるはずがない。
「終わりよ!」
私は一斉に剣を彼へ放った。
そして――
――ドスッ!
私が考えたとおり、数本の剣は彼へ命中した。彼の体を後方から貫通し、魔族特有の黒色の体液を滴らせる。
しかし――
「うぐぅ!」
「……」
彼は一瞬で私の目の前まで接近した。自分の血液だらけになった刀を突き出し、私の肩へ斬り込む。傷口が熱い。
このとき、私は彼の恐ろしさについて理解した。
彼はドーム状の攻撃を全てガードできなかったんじゃない。ガードをしなかったのだ。敢えてガードを諦め、自分の攻撃進路にある光剣だけを砕く。
私は動けなくなった。一気に間合いを詰められ、彼が再び手を動かせば致命傷を与えられてしまう。
――今度こそ、私、死ぬんだ。
そんな思いが浮かび、涙が溢れる。私は目を瞑り、彼が止めを刺しに来るのを待った。
だが、透も動かなかった。
「――血液の大量流出――直ちに修復が必要と判断――戦闘継続不可能」
透が感情の篭っていない、まるで機械のような声で独り言を呟く。あれだけの攻撃を受けておきながら、苦しそうな声すら出さない。
「――帰還開始」
「え――」
その言葉が発せられた瞬間、透は目の前から消えた。忽然と。私の前に現れたときと同じ、彼は突如として現れ、突如として消えていった。
「ありゃりゃ? 透くん、帰っちゃったよ!」
観戦していた琴乃が壁の上で驚いたように立ち上がる。黒蝶羽を広げ、上空へ飛んだ。
「んもぅ、透くん人格崩壊しすぎだってば。やっぱり、ウイルスの影響なのかなぁ。それとも、無理に強化手術を重ねたせい? どういうつもりなのぉ?」
「ま、待って! 琴乃!」
「じゃあね、小夜子ちゃん。今回の勝負はお預けにしようか。お互い疲れちゃったもんね」
集落から飛び去ろうとする琴乃へ手を伸ばすが、届かない。飛翔魔法を展開しようにも体にうまく力が入らず、透に斬られた痛みで集中力が乱れる。
一方、琴乃はあっという間に私の視界から消えた。その軌道に黒蝶羽から放出された粒子が残っている。黒く輝くそれは夜空の背景でもハッキリと確認できた。
私は地面へと座り込み、呆然としながら粒子が消えていく様子を見つめていた。出血する肩を押さえながら。
心に大きな穴が開いたような気分だ。意識が乱れそう。頭もパンク寸前。今日だけで色々なことが起こりすぎたのだ。
「琴乃……どうして……」
「おい、小夜子! 今は体を休めろ」
ハワドが私にふわふわと漂いながら近寄ってくる。
彼の姿を見ると、なぜかホッとする。
「ハワド……」
「肩を修復してやる。早く診せろ」
「うん……」
私は肩を押さえていた手をどけ、ハワドに傷口を見せた。彼が私の傷を修復している最中は、温かく心地よい感触がする。
そのまま私は目を閉じ、無意識の海の中へと入っていった。
* * *
こうして、親友との悲劇的な再会が果たされたのだ。
彼女は私の敵となり、多くの人間を殺害している。
昔のような親友関係に戻るのは絶望的になった。
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