第25話 友達の在り方

「それじゃ、小夜子ちゃんも魔族になってね」


 琴乃ことのは銃口を私に向け、トリガーに手をかけた。


 撃たれる――!

 そう思ったとき―― 


「魔法少女様! ご無事でしたか!」

「魔法少女のお姉ちゃん!」


 聞いたことのある声。

 振り向くと、そこには甲斐田かいだの妻と息子がいた。どうにか敵の攻撃から逃れて無事だったのだろう。


「生きていたの!? 街から早く逃げなさい!」


 私は彼らに叫んだ。

 普通の人間にとって、ここは危険すぎる。人間に対し敵意を持つ親友。巨大な重火器を持ち、何をしてくるか油断できない。


「邪魔が入っちゃった。でもまあ、これを説明するには丁度いいかな」


 琴乃が何かを呟く。

 次の瞬間――


 パァン! パァン!


 琴乃は手に持っていた重火器を甲斐田の妻と息子に向けて発砲した。乾いた破裂音が周辺に響き、闇魔法の黒い粒子が漂う。


「あ、あぁ……」


 琴乃が撃った弾丸は、甲斐田の妻と息子、それぞれの心臓に命中した。彼らの衣服に穴が開き、そこから赤い染みが広がっていく。


「あなた!」


 私は琴乃を睨んだ。彼女は微笑みながら自分が撃った人間を見つめている。まるで罪悪感すらないような無邪気な瞳で。


「別に殺した訳じゃないよ。まあ、見てて」


 私は琴乃の視線に誘導されるまま、甲斐田の妻と息子に視線を戻した。


「痛い……いだいよ、おがああああざああああぁぁあぁあああ」


 撃たれた彼らの様子がおかしい。まず、妻と息子ともに虹彩の色が変化し、瞳孔も、ぐにゃぐにゃと変形する。


「まほうしょうぢょさまぁぁああぁぁぁぁあああぁ」


 肥大化する腕。黒く変色する肌。盛り上がった筋肉。徐々に体のサイズも大きくなる。やがて、彼らの爪と歯が抜け落ち、新しく鋭い刃が生えてきた。


 甲斐田の妻と息子は、一瞬で死神へと変貌したのだ。


「琴乃! 彼らに何をしたの!?」

「私たち魔族の仲間にしてあげたのよ。私が今使った特殊な弾丸にはぁ、高濃度のウイルス型の魔族が入っているの。普通の空気感染なら白血球によってすぐに排除されちゃう可能性が高いけど、これはそれを無視できるほどの量を一気に撃ち込めるんだぁ」


 彼女は手に持った銃を私へ向けた。

 彼女は好奇心旺盛な子どものように笑う。


「これを撃ち込めば、小夜子ちゃんも魔族になってくれるかなぁ?」

「あなた、狂っているの!?」

「人間から見れば狂人かもしれないけど、魔族としては正常だよ?」


 パァン!


 3発目が発射される。私は銃口の方向から弾の軌道を予測し、身を翻して回避した。


「危な――!」

「ああ、もう! 避けないでよぉ! 君たち、小夜子ちゃんの動きを封じて!」


 琴乃は先程魔族にした甲斐田の妻と息子――死神に指令を出し、私を襲わせる。彼らは私へ跳びかかり、振り下ろした。私は横へ跳び、死神の脇腹へ剣を入れる。


 パァン!


 琴乃は4発目を発射した。

 私は剣を入れた死神を盾にして弾丸を受け止める。剣を突き刺した状態から死神の腹を切り裂き、その剣をもう一体の死神の頭部へ投げつけた。剣は頭部を貫通し、死神たちはそこで息絶えて地面へ倒れ込んだ。


「あぁ! せっかく仲間にしたお友達が――!」

「や、やめてよ! 琴乃! 正気に戻って!」

「『正気』? 私は元々正気だよ?」


 話が通じない。

 それなら――


「それなら……あなたを倒す!」

「ハハッ! いいよ。小夜子ちゃんと戦わなきゃいけないのは辛いけど、動けなくしてから魔族にしてあげるから」


 私は複数の光剣を召喚し、その刃先を琴乃へと向けた。

 一方、琴乃も手に持っていた重火器を私へと向け、魔力増幅を始める。彼女の背中から生えている蝶のような羽――そこから黒い鱗粉に見える闇魔法粒子が放出されていく。

 琴乃から感じる魔族の気配が強くなる。強力な魔法が来る――目の前に火山の噴火口や原子炉があるような感覚だ。私は光さえも吸収しそうなその黒き鱗粉の集合地点に目を奪われていた。


「琴乃……あなたを止める!」

「じゃあ……いくよ!」


 互いの言葉を合図に、双方の魔法が放たれようとした。


 そのとき――







 ――ザッ!






 黒い人間。

 突如、何者かが私と琴乃の間に降り立つ。

 気配なんてなかった。上空から瞬時に現れ、生気が篭ってないような目で私を見つめる。


「だ、誰……? 新手……?」

「邪魔しないでくれるかな、とおるくん?」

「……」


 琴乃が彼の名前らしき言葉を口にする。『透』と呼ばれたのは黒髪の青年で、年齢は私や琴乃と同じくらいだろうか。顔の下半分から全身にかけてコートのような黒い甲殻に覆われており、琴乃同様に彼からも強い魔族の気配を感じる。

 ただ、一点だけ他の魔族と違うのは、彼の瞳が青色に輝いていたということだ。琴乃を含め他の魔族の虹彩は虹色だが、今まで見てきた中で彼だけが違う。

 そして、彼は白色のエプロンを着用していた。さっきまで誰かを殺していたのか、その白は鮮やかな赤によって消えそうになっているが。


「琴乃――」

「何よ?」

「生き残った人間が逃走を開始――魔法による一掃を希望」

「はいはい。分かった分かった。でも、もうちょっと空気読んでほしかったなぁ」


 彼と琴乃の会話。彼の声には感情らしきものが篭っていないように感じる。

 どうやら琴乃の他にも魔族がこの集落を襲撃していたらしい。エプロンに付着する血液からして、集落の生き残っていた人間を殺していたのだろう。

 私が感じる気配の強さからして、この男の強さは琴乃と同格かそれより上。同時にかかって来られたら、私が敗北する可能性は高い。


 しかし――


「じゃあ、私は逃げてる人たちを殺してくるから、今回の勝負はお預けってことで。じゃあね、小夜子ちゃん」

「ま、待ちなさ――」


 黒蝶羽を使って上空へ飛び、琴乃は私の前から去っていく。彼女は近くに建設されていた壁の頂上に降り立つと、持っていた重火器に再び闇魔法の粒子を集めていく。

 私は飛翔魔法を展開し、彼女を追いかけようとした。

 しかし――


「――魔法少女と確認――戦闘を開始」

「くっ!」


 目の前に透が立ちはだかる。私は光剣を彼に向かって突き出した。


 ――ガキィン!


 砕かれる光剣。

 いつの間にか、彼の手には日本刀のような武器が形成されていた。琴乃の重火器のように、彼の固有魔法によって作られたものだろう。それが光剣を砕き、刃先が私へと向けられる。


 人間タイプ魔族との初戦闘が始まろうとしていた。

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