第3章 退廃した友情

第24話 豹変した親友

 ――月舘つきだて琴乃ことの


 壁の上にいた彼女は私を見つめていた。街が燃えている状況に琴乃は満足気な表情をしている。街を燃やし揺れる炎が彼女の顔を不気味に演出する。


「あなたは……本当に琴乃?」

「そうだよ。あれから何年も経ってるからねぇ。忘れちゃったかな?」


 あの顔、この声――目の前にいる少女は確かに私の知っている月舘琴乃だった。

 でも、ありえない。

 彼女は少女のままだ。最後にあったときから数十年経過しているのに、こんなことがあるのだろうか。魔法少女にでもなってない限り――。


「あなた……人間なの?」

「私はね、もう人間なんて捨てちゃったかなぁ」


 琴乃は壁の上から飛び降りた。

 次の瞬間、彼女への不信感は恐怖に変わる。


「これが私の、本当の姿」


 琴乃が地面に足がつく瞬間、彼女は背中から蝶のような黒色の羽を出現させる。地面にふわりと降り立った。羽からは鱗粉の様な黒い粒子が放出され、強い魔族の気配を解き放つ。

 彼女が纏っていたボロボロの布切れは破け、代わりに黒色の衣が形成されていた。ひらひらと揺れる衣装。まるでその姿は――


「黒い……魔法少女」


 私は呟いた。

 その独特な形の衣装は魔法少女のものに酷似していたのだ。その黒色を除いて。


「なるほど……魔族も自分の仲間となる魔法少女を作っていたようだな」

「そんなこと……」


 私は状況が整理できず、こちらへ歩いてくる琴乃を逡巡しながら見つめていた。

 魔族が作った魔法少女?

 な、何よ、それ……?

 だって、魔法少女に対抗するために作られた存在で……。

 しかもそれは私の親友の琴乃で……。


「小夜子、地下室で感じた魔族の気配の正体はこいつだ。この街を燃やしたのもこいつの仕業だろう。しかも、気配の大きさからして、かなり上位の――」

「ちょっと待ってよ! ど、どうして琴乃が魔法少女で、魔族に味方なんか……」

「ふふっ、いいよ。説明してあげる。相変わらず小夜子ちゃんは予定外のことがあるとすぐに混乱しちゃうんだから」


 琴乃は微笑み、私のすぐ目の前に立った。体が触れ合いそうな距離。彼女の大きな瞳に私の困惑した顔が映り込んでいた。


「あのねぇ魔族はウイルスで死神を作り出すことで人間狩りをしていたけど、彼らのような低級魔族では魔法少女に勝てないことを理解したの。だからといって主戦力である上級魔族を戦場に送るのもリスクが高い。だから別の手段を考えた。なるべく自分たちに被害が出ず、魔法少女に対抗するためのね。それが――」

「魔族側も魔法少女を作り出した理由――という訳か」

「さすが妖精さんは理解が早いね。残っていた人間の中から魔族に協力的な人間を選抜して、記憶や知能、姿を保持したまま魔法少女にするための特別なウイルスを――」

「ちょっと待ってよ!」


 私は琴乃の説明を遮り、声を荒げた。彼女の説明に納得がいかない部分があったからだ。

 魔族がさらなる戦力強化のために魔法少女を作り出したことは理解できる。

 私が理解できないのは――


――そんな人が、本当にいるの?」


 魔族は人間狩りをする。彼らに協力的ということは、つまりその人物は人間でありながらも多くの人間が殺されることを望んでいるということになる。


「――目の前にいるじゃん」


 琴乃は自分の胸を指差す。彼女の顔には妖艶な笑みが浮かんでいた。


「あなたは……人間が虐殺されるのを望んでいるの?」

「そうだけど?」

「どうして……あなたが!? あなただって同じ人間でしょ!?」

「人間もね、色んな人がいるんだよ。小夜子ちゃん」

「わ……分からないよ……」


 困惑する私を琴乃は「ふふっ」と笑った。


「あなたも見たでしょう? ここの地下室で。人間の醜さを」

「それは……」


 地下室での光景が脳裏にフラッシュバックする。大人たちが少女を取り囲んで自分たちの食料にしようと暴行していた場面。人間が同じ人間を苦しめる行為に、私も心が痛くなる。


「小夜子ちゃんはあんなことをする人間が許せるの?」

「そ……それは魔族たちが毒を撒いたから、ああいうことに手を出して――」

「それは違うよ。小夜子ちゃん」


 琴乃は自慢げに答えた。


「ここの植物が育たないのは、人間のせいだよ」

「え……」

「昔、ここには化学工場があってね、そこの人間が地下に汚水を入れたタンクを不法投棄してたの。そのタンクが今になって老朽化して化学物質が漏れている訳」

「それじゃ……」

「つまりは人間の自業自得。自分の裕福な生活のためなら後先の犠牲なんて考えず行動する――それが人間の正体で、それが私が人間を滅ぼしたい理由」


 彼女の声に気楽さが失われる。声が低くなり、人間への憎しみが感じられた。


「どう? これでもまだ人間に守る価値があると思う?」

「それは……」


 彼女の言い分に、私は人間の価値について何も反論できなかった。人間を守る魔法少女として『それは違う』と否定すべきなのに。


「小夜子ちゃんも魔族にならない?」

「えっ」


 琴乃からの突然の提案。


「何も反論できないってことは、人間を守るために魔法少女を続ける価値が見つからないってことでしょ? だったら魔法少女の力なんてさっさと捨てて、私と一緒に醜い人間を滅ぼそうよ。『長いものには巻かれろ』って言うでしょ? それに、小夜子ちゃんが一緒なら私も嬉しいし――」

「まだ、分からない……」


 それが私の精一杯の答えだった。言葉が見つからない。これでは琴乃の言い分を認めてしまうことになる。何か反論したいのに――。


「全く、強情だね。まぁ、それが小夜子ちゃんらしいと言えばそうなんだけど」

「琴乃……あなたはどうして……」

「まぁいいや。仲間になってくれる気がないなら、こっちで強引に仲間にしちゃうから」


 琴乃はニコニコと笑い、自分の闇魔法を展開した。


「琴乃……それは……?」

「これがね、私に与えられた魔法なんだぁ」


 彼女は手元に巨大な重火器らしき物体を召喚する。彼女の背中にある羽から放出される黒色の粒子が集まり、徐々にそれを形作っていく。


 そして――


「それじゃ、小夜子ちゃんも魔族になってね」


 琴乃は銃口を私に向け、トリガーに手をかけた。

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