第23話 狂気の露呈
――その日の深夜。
「おい、さっきの女の顔見たか? 『さっさとこの会話を止めてくれ』って顔してたよな?」
「そうだね……」
壁の上で、私とハワドは街の警備をしていた。壁の上は強い風が吹き、私の髪が激しく揺れる。
「この街に養鶏場や養豚場みたいな建造物はないのにさぁ、どこで鶏や豚を養殖してるんだろうな?」
「……」
私自身もこの街の違和感に薄々気付き始めていた。
この集落はどこかおかしい。うまく言えないが、何か不気味さのようなものを感じる。
ふと、私は
「あれは……何の集いかしらね?」
* * *
甲斐田は街の若者を連れ、夜の街を歩いていた。今夜の料理で使ってしまった食材の補充のためだ。
「いいか、魔法少女には気付かれるなよ?」
「大丈夫です。今も壁の上で警備しています」
「そうか、早いところ済ませよう」
――街の外れにある小屋。
一見、使われていない倉庫にしか見えないが、床下に地下室へ通じる階段が隠してある。甲斐田は地下室へ若者らを招き入れた。
松明が地下室を照らしている。
その部屋は牢屋になっており、鉄柵が複数の部屋を隔てていた。
そこには――
「ンンンンーーッ!」
中に少女が手を後ろに回され、手錠をされた状態で捕らえられている。
彼女は猿轡をされており、大声を出すことが不可能だった。ボロボロの布切れ一枚を纏っている状態で、家畜のような扱いをされていることが分かる。
「ほら、さっさと出ろ!」
甲斐田は牢の扉を開け、中から少女を出そうとした。しかし、少女はそれを拒み、牢の隅に逃げた。甲斐田は彼女の髪を掴み、無理矢理に牢から引っ張り出した。
「殺すときは痛みを少なくしてやるから安心しろ」
甲斐田と共に行動していた若い男の一人が、地下室の壁にかけてある大きな肉切り包丁を手に取る。甲斐田は部屋の中央に置いてある机に少女を横たわらせた。
「この女、何日分の食料になりますかね?」
「さぁな、胸や尻もでかいし、けっこうな量の肉が取れるんじゃないか?」
少女は逃れようと必死に抵抗するが、何人もの若い男に押さえつけられ、動きが封じられている。
「おい、こいつ暴れるぞ! 早く首を切り落とせ!」
「ああ!」
少女の首を切り落とそうと、若い男が肉切り包丁を振り上げた刹那――
「ぐあああああっ!!」
どこからか現れた光剣が包丁を持つ手を切り裂き、包丁は腕ごと床へ落ちる。若い男は斬られた腕を押さえ込んで床に蹲った。
「まさか、魔法少女……!」
地下牢の入り口には、魔法少女が剣を握って立っていたのだ。
* * *
「ひっ……!」
男たちは私を見て怯み、少女を抑える力を緩める。その隙を突いて少女は逃げ出し、私の脇を通って地下室への階段を上がっていった。
「どういうことか説明してもらおうかしら? 甲斐田さん?」
私は甲斐田に尋ねた。私の声は自然と低くなり、殺気のようなものが篭る。
「こ、この街では、人間を食料として扱っているんです……! 魔族が周辺の土地に毒を撒いたせいで作物が育たなくなって、野生動物も寄り付かない! だから、人間を食べるしかないんです!」
「どうやってこの街の食料を補えるほどの人間を集めているの?」
「街の外へ出て行った仲間が、他の生存者に偽の情報をばら撒いているのです! 『この街には食糧もあるし、魔族も来ないから安心だ』と! そうすると移住者があちこちからやってくのです……! だ、だから――」
甲斐田は土下座した。
「外は魔族がうろついててどこにも行けないし、みんな食べ物がほしいんだ! だから、私たちを見逃してくれ!」
その答えは、何となく予想ができていた。
彼らの言い分は理解した。それでも、人間を守る魔法少女として、同じ人間として、私として、それを許すことができなかった。
「空腹で食べ物が欲しいのはみんな一緒よ。それに無理矢理殺して食料にするのを見逃すわけにはいかないわ」
その答えを聞いて、甲斐田の態度が一変する。
「ちっ、この女、食事をする必要がないから、俺たちの苦しみが分からねぇんだよ!」
甲斐田は立ち上がり、服の下に隠してあったナイフを取り出した。それを私に向け、跳びかかる。
そして――
――ドスッ!
彼の動きは簡単に読めていた。
甲斐田の腹に光剣が突き刺さる。ナイフは地面に落ち、彼は床に崩れた。なるべくこうした結果を出すのは避けたかったが、彼は話が通じそうな状態ではなかったのだ。
「うわぁぁぁあああ!!」
「よ、よくも甲斐田さんを……!」
他の若者も恐慌状態に陥り、各々武器を取り出して私を襲ってくる。私は次々と光剣を生み出し、彼らの体を切り裂いた。周辺は血の海になり、真っ二つになった男たちの死体がたくさん積み上がっていく。私は最後の一人を切り裂くと、魔法を解除した。
「これでよかったのかしら……」
「分からんな。でも、こいつらを放置してもまた犠牲者は増えるだろ」
騒ぎが一段落した、そのとき――
「ねぇ、ハワド!?」
「ああ、お前も感じたか?」
――重苦しい殺気。
私の傍で待機していたハワドも、頭上にその気配を感じていた。
「またこの街に……魔族が来てる!」
「それに、前回の比じゃないほど大きな気配を感じるぞ!」
私とハワドは急いで階段を上り、屋外へ飛び出た。
* * *
街は燃えていた。すでにそのほとんどの建造物が崩れ、数分前と状況が一変している。街の住人のほとんどが圧死、または焼死していた。建物の瓦礫に押し潰され、炎が体に移って火達磨になる。
「どうして、さっきまで魔族の気配はなかったはずなのに……」
絶対におかしい。魔族の気配は感知できないほど遠ざかっていたはずだ。それがたった数分でここまでできるなんて考えられない。
ここまでの被害が出ると、もう彼女には救助することはできなかった。私は呆然と燃える街を見つめ、何が起きたのか状況を整理する。
そのとき――
「こんばんは、久し振りだね。小夜子ちゃん」
私の背後から、若い女の声が聞こえた。
――聞いたことがある。懐かしい声だ。
でも、この声の主は――。
私が振り向くと、そこには街を囲む巨大な壁――その上に誰かが座っている。
――間違いない。彼女だ。
しかし、なぜ?
こんなこと、ありえない……。
そこ座っているのは、先程まで牢に捕らえられていた少女。
彼女は、私の高校時代の親友――
【第2章 完】
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