第31話 あなたを変えたもの

「小夜子! 攻撃が来るぞ!」

「分かってる!」


 ――魔族の基地。

 それはアメジストのような結晶が連結したタワーのような建築物だった。紫色に怪しく光る。あの水晶が魔力を生んでいるのだろうか。


 朝日が昇るとともに襲撃。

 今ならまだ蠅の王ベルゼブブ刈者リーパーは治療中かもしれない。反魔法甲殻アンチ・マジック・クラストはその特殊な構造ゆえ、再生に数日かかる。ヤツが手負いの状態ならこちらに勝機があるはずだ。小鬼蟲ゴブリン・セクトなどの雑魚敵は、今の自分の実力ならどうにでもなる。

 私は魔族の拠点へ勝負を挑んだ。飛翔魔法を全開しに、一気に拠点へ向かう。


 青に変わっていく空の下、紫の塔の頂上に月舘つきだて琴乃ことのが見えた。彼女は私に粒子砲を向けており、彼女の元に魔力が高まっていくのが感じ取れる。


 間違いなく、彼女は攻撃準備をしている。


 集落襲撃の際に見せた、あの粒子砲を私に放つつもりだ。


 そして――


 キュイイイイイン!


 紫の閃光。

 強烈な粒子ビームが発射される。当たれば骨一本も残らないだろう。


 私は身を翻して横に回避した。直撃は避けたものの、そのビームから発せられる熱気は凄まじい。すぐ横にいるだけで火傷しそうだ。


 やがてビームの出力は下がっていき、彼女の攻撃は消える。


「よし、小夜子! 攻撃が止まった! 一気に進め!」

「分かってる!」


 集落で見た琴乃の粒子砲。

 確か、あの攻撃には大量の魔法粒子が使われていた。そのチャージのために彼女は蝶のような羽から膨大な魔力を溜めていたのを思い出す。

 アレのチャージ完了までには数十秒のインターバルがある。短時間に何発も連続して撃てないはず――。


 しかし――


 キュイイイイイイン!


 再び、紫の閃光。

 強烈な熱気。


「――なっ!?」

「あ、危ない!」


 それは間違いなく先程と同じ、琴乃の放つ粒子ビームだった。

 一瞬だけ狼狽しつつも、どうにか急降下して回避。


「ど、どうして!? 攻撃の間隔が短すぎる!?」

「まさか、基地のエネルギーを攻撃に転換しているのか!?」


 基地を構成するアメジスト色の結晶。それは拠点で使用するためのエネルギーを生み出している。

 琴乃は結晶と自分の粒子砲を何本もの太いコードで接続し、塔の魔力を吸収していた。これにより粒子砲チャージのための時間を大幅に短縮し、間髪容れずに攻撃を行える。


「いくよ、小夜子ちゃん!」


 琴乃が叫んだ。


 キュイイイイイイン!


 何発も発射される長距離射程の粒子ビーム。

 私はその餌食とならないよう俊敏に動きながら塔へ向かっていく。

 上。

 下。

 右。

 左。

 避けるパターンを読まれないように、毎度回避する体の動きを変えつつ接近。


 遠距離戦では私の方が圧倒的に不利だ。

 それでも、私は撤退する気にはならなかった。

 これは蠅の王ベルゼブブを叩き潰す絶好のチャンスなのだ。


 ――それに、私の親友である琴乃も助けたかった。


「琴乃、今度こそあなたを止める!」


 その思いが、今の私を前へ前へと突き動かす。

 もうあなたに人殺しなんてさせない。


 そして――


「捉えた!」


 回避と接近を繰り返し、私の光剣の攻撃射程内に琴乃が入る。何十本もの剣を召喚し、彼女へ向けて一気に放った。


「くっ!」


 琴乃は粒子砲と水晶を繋ぐコードを外し、蝶のような羽で高く飛び上がる。光剣は琴乃に命中せず、彼女がいた場所に深々と突き刺さっていく。

 コードを外したことで、もう琴乃は連続して最大火力の粒子ビームを発射できないはずだ。そうなれば、私にも勝機が生まれる。


 空中で向かい合う白い魔法少女と、黒い魔法少女。

 互いを睨み、得物を構える。


「さっさと観念しなさい、琴乃!」

「まだ! まだだよ、小夜子ちゃん!」


 大きく羽を広げる琴乃。

 羽から放出される粒子が、何枚もの六角形のパネルを形成していく。まるで黒雲母鉱石のような光沢を持ち、それが彼女を取り囲む。


「琴乃、何するつもり?」

「まだ、小夜子ちゃんには見せてない魔法があるの!」


 次の瞬間、琴乃は粒子砲を発射する。

 彼女が作り出した、六角形の板に向けて。


 キュイイイン!


 そのビーム攻撃はパネルによって反射され、数本の細いビームへと分かれていく。さらにそのビームも別のパネルに反射し、私へと襲いかかる。

 多方向からの同時攻撃。琴乃が発射した一本の太い粒子ビームは全範囲オールレンジ攻撃へと形を変えた。


 私は反射板の位置に気を配りながら、さらにその攻撃も空中で掻い潜る。攻撃の合間に生まれる一瞬の隙を突いて光剣を放って反射板に突き刺すと、それは鏡のようにパリンパリンと割れていった。

 手数ではこちらの方が上だ。


「やるねえ、小夜子ちゃん!」

「どうしてよ、琴乃……」


 魔族としてその力を過不足なく扱い、自分を攻撃してくる琴乃を見ていると心がモヤモヤしてくる。本当にこの子は自分の敵になってしまったんだ、って。


 何が彼女をここまで変えてしまったのだろう。


「小夜子ちゃん?」

「私は、あなたのことを数少ない親友だと思ってた! 人間だった頃のあなたが大好きだった! なのに、どうして……」


 以前、彼女は『人間を恨んでいる』と言っていた。

 彼女自身も人間だったはずなのに。


「どうしてよ、琴乃! どうしてあなたは、人間を恨むようになったの!?」

「それは――」


 琴乃が口篭る。


「――人間が魔法少女を裏切ったからだよ」

「どういうことよ?」


 彼女はゆっくりと、砲口を私へ向ける。


「ごめん……でも、きっと、この理由を小夜子ちゃんが知ったら、魔法少女として戦ってきたことを無駄だと思ってしまうから……」

「私の戦いが無駄……?」

「私、知っちゃったんだ。人間と魔族の戦争の裏にあった真実を……」


 戦争の裏にあった真実?

 琴乃は何を言っているの?


「それを知ったとき、私は人間を守る価値を見出せなくなった! だから――」

「――だから、前に私を魔族にしようとしたのね」


 おそらく、彼女がここまで人間を恨んでしまっている原因は、その『真実』とやらだろう。

 それさえ追求できれば、彼女の殺戮行為を止めさせることができるかもしれない。


「琴乃、私たち、親友じゃなかったの? 私たちだって、同じ人間だった。人間として私と一緒に過ごしてきた時間すらも否定するつもりなの?」

「違う! 小夜子ちゃんのことは今でも大好き。だからこそ、この秘密を知ってほしくない!」


 琴乃の声が震えていた。

 彼女は私から戦争の真実を遠ざけたいのだ。私の心を守るために――。

 そして、彼女は恐れている。戦いが無駄に帰すという真相へ、私が辿り着くことを――。


「ごめん、琴乃!」

「え……」


 私は彼女に向かって飛翔魔法を全開にした。背中に形成される白い天使のような羽は急激に加速を生み出し、私の視線は彼女の懐を捉える。


「こ、来ないで!」


 キュィィン!


 彼女は粒子ビームを発射するも、チャージ不足でその線は太くない。高度を上げて回避し、そこから琴乃の元へ急降下する。


「ハアアアッ!」


 ――ドゴォッ!


 魔法少女の身体強化魔法を利用した強烈な膝蹴り。それを琴乃の腹に深く叩き込んだ。


「ぐぅっ……!」


 後方に吹き飛んだ彼女は意識を失い、背中にある蝶の羽が塵のように消えていく。ゆっくりと下降していく琴乃。

 私は彼女の腕を掴み、落下を阻止する。彼女の腕は細く、無理に引っ張り上げたら折れてしまいそうなほど弱々しかった。


「ごめん、あなたには聞かなくちゃならない。この戦争の真実を――」


 腕を掴む姿勢を止めて、私は彼女を抱き上げた。彼女の体が温かい。このとき、久々に間近で彼女の顔を見た。意識を失って眠っているその顔は、高校時代のあどけない少女のままだ。


 そのまま下降し、私は琴乃を抱えながら紫の塔に入っていった。

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