第44話 魔界闘神蟻兵
それは一瞬の出来事だった。
遥か遠くで会話していたはずの
それと同時に振り下ろされる黒い巨剣。
私は間一髪のところで攻撃を察知し、
今のは危なかった。
私は再び蟻兵と距離を取り、相手の出方を窺う。
「へぇ、今のを避けるなんてやるじゃない?」
蟻はそう言い放つと、紫の羽を広げて闇魔法粒子を空中に放出し始めた。散らばった大量の粒子は宙に集結し、多くのあるものを形成していく。
それは――
「剣……!」
蟻兵の上空に何万本もの剣が粒子で作られていく。黒曜石で作られたような刃は、空の星明りを吸い込む。
それは私と同じ魔法だった。まさか、敵にも同一の魔法を使える者がいるなんて。
形成された全ての刃が私を捉え、一斉に襲いかかって来た。
「私だって……!」
私も自身の魔法を発動させ、空を埋め尽くすほど大量の光剣を召喚した。私から見える夜空に星が消え、代わりに紫の剣が輝いた。私の剣と、蟻兵の剣。空中で激しくぶつかり合い、火花を散らしながら砕けて消える。
まるで花火のような大量の火花が、私と蟻兵をオレンジ色に照らした。剣同士がぶつかる音に包まれながら、私たちは互いを睨み合う。
「あらら、私と同じ魔法を使えるなんて、なかなか珍しいわね」
「魔族にも同じ魔法を使えるヤツがいるなんて、私も知らなかったわ」
「意外と私たちは似た者同士なのかも」
「誰があんたみたいな魔族なんかと!」
私は背中の
それ同時に彼女も私の元へと動く。その巨大な剣を振りかざし、迎え討つつもりだ。
「はああああああっ!」
「はああああああっ!」
ガギィィイン!
剣同士がぶつかり、そこから生まれる衝撃波が繋留基地全体を包み込む。衝撃で乱立する塔が歪み、観覧車のようなジェネレーターがガタガタと大きく揺れた。私たちの戦いを遠くから観戦していた下級魔族たちは砂埃と一緒に高く吹き飛ぶ。周辺の景色は一変し、破壊の跡が刻み込まれた。
「まだこれからよ、桐倉小夜子さん!」
「私だって、まだ全力を出してない!」
私たちは空中を駆けながら、剣同士をぶつけ合った。互いの放出する魔法粒子が夜空を紫色に染める。遠くで観戦している魔族たちからは、光の塊同士が衝突しているようにしか見えないだろう。二つの流星が互いを落とすために刃を振るった。
やはり、目の前にいる魔界闘神蟻兵は私が戦ってきたどの魔族よりも強い。もし私が魔法少女のままだったら、最初の一撃で消されていた。
自分が人間に戻ることを諦め、魔法少女であるアイデンティティを捨てるのは、正解だったのかもしれない。
戦闘中、そんなことが頭を過ぎる。
全ては彼女と戦うために。
「小夜子さん、あなたはどうして魔族を倒そうとするの?」
「そんなの決まっているでしょ。人類を守るためよ」
「そう。でもね、私だって魔族たちを守りたいの。そのために、人類は消さなくちゃならない」
人類を守りたい私。
魔族を守りたい蟻兵。
彼女が言うとおり、私たちは似た者同士なのかもしれない。蟻兵にもどこか重い覚悟や使命を背負ったような雰囲気がする。鏡で自分を見ているような気さえした。
それに、彼女は他の魔族と違って、暴力に飢えている感じがない。
これまで私とコミュニケーションを行った
不思議だった。
私が戦っている敵は本当にあの魔族なのだろうか。
目の前にいる敵は、本当に私の倒すべき者なのか。
「これ以上、人間は殺させない!」
「人間を殺さないと、私たち魔族の犠牲が増える。だから消すの」
「人間には人間の暮らしがある! だから、邪魔しないで!」
私は力任せに剣を振り下ろし、蟻兵の剣へ渾身の一撃を叩き込む。双方の剣にひびが入り、パラパラと鏡のように消えていった。
「まさか、私の剣が破壊されてしまうなんて……!」
「私だって、多くの人間の命を背負ってる!」
私は残っていた
どこまでも鋭い切れ味の
「うらああああっ!」
それでも、私は攻撃の手を緩めなかった。高速で何度も何度も斬り付けると、その度に衝撃波と火花が広がる。傷は赤熱し、黒い甲殻に何本もの橙色の筋が刻まれた。
敵に傷を作ると同時に、こちらの刃も傷だらけになる。徐々に破損し、切れ味も落ちていく。力任せに攻撃し過ぎたかもしれない。でも、そうしなければこの敵にダメージを与えることはできなかった。
「これで、終わりよ!」
私の渾身の力を込めた一撃。
肩から腹部にかけて裂かれた甲殻。そこからタールのような黒い血液が飛散した。
「まさか、この私が……落とされる!」
「はぁっ、はぁっ……!」
大きな傷を負ったことで、蟻兵は地表へと落下し始める。
空に留まる私へと手を伸ばしながら。
いつもなら、魔族にこんなことをしても罪悪感は生まれない。
ただ、今回だけは不思議とそれを覚えた。まるで、私自身が斬られたような気がして。
私たちが似ているからなのか。
ドオオオオン!
やがて蟻兵は地面へ叩き付けられ、仰向けに倒れた。
私はゆっくりと彼女の傍に降り立つ。敵の魔法を警戒しながら。
「止めを刺してこないのね、小夜子さん」
「あなたこそ、まだ魔法で抵抗できるはずなのに」
敵同士である私たちはしばらく無言で見つめ合った。不思議な時間が流れる。
つい、彼女に興味が沸いてしまったのだ。魔族でありながら、私がこれまで戦ってきた魔族らしくない蟻兵に。
「どうして、あなたたち魔族は人類を消そうとするの?」
彼女に質問した。
魔族は人間を滅ぼして世界の新たな支配者になるつもりなのだろうかと考えていた。あの凶暴そうな見た目から、人間をただ食い荒らしたいのかとも思っていた。
だが彼女を見ていると、それが違うような気がしてしまう。彼女の振る舞いと魔族の支配的な行動がどうも結び付かない。人類への暴力支配など考えてなさそうな、そんな雰囲気が漂っていた。
ふと湧いた疑問を解消するための質問に、彼女は答える。
「それは人間が妖精と手を結んでいるからよ」
「だって、それは魔族が人間を殺すから妖精たちが――」
人類に身を守る手段を提供した。
そう言いかけた。
しかし――
「違う」
蟻兵が反論する。
「何が、どう違うのよ?」
「私たち魔族には人類を消す計画など、この戦争の中に元々存在してなかった」
「えっ」
「妖精が魔族を殺そうとするから、私たち魔族も防衛のために殺戮を開始したの」
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