第16話 絶望に出会う少女たち
「
その瞬間、妖精たちの表情は一気に凍りついた。
「あの超上級魔族が、だと?」
「はい。二日前から、オーストラリアのキャンベラで活動していた魔法少女の部隊との連絡が途絶えているそうです。妖精とも連絡がつかず、おそらく、オセアニア支部は全滅かと……」
「そんな馬鹿な! あそこの残存勢力は日本よりも多かったはずだ!」
「詳しい情報は不明ですが、最後の通信には『紫の流星が……』とだけ残されていました」
「これって、まずいよ!
一匹の妖精がヒステリックに叫ぶ。
「どうしてこんなに魔法少女が少ないの!? この世界に来る前は、もっとたくさんの契約妖精がいたはずなのに! 彼らはどこに行ったの!?」
「分からない……」
「これじゃ、話が違うよ……」
叫んでいた妖精は俯いた。
口には出さないが、他の妖精も同じことを思っている。
すぐに決着がつくと思っていた戦争はいつの間にか泥沼化し、その中で魔法少女側は徐々に勢力が衰退していた。
他の妖精も俯き、床を見つめる。
「とにかく、昨日の戦闘で
「うん……」
「これで
こうして、妖精たちの会議は幕を閉じたのだ。
そして、もう二度と会議が開かれることはなかった。
* * *
――本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
そんな答えの出ない疑問だけが、私の頭の中に浮かぶ。
私は魔族から人々を救うために、魔法少女として戦うことを決意した。
魔族が放ったウイルスで家族が死に、彼らへの弔いとして、自分と同じような被害者を出さないために魔法少女になったのだ。
だが、現実は甘くない。
敵の数が多過ぎて、犠牲者は増える一方だ。私と同じように、家族を失った者も何人も出ただろう。
さらには、敵も強力になり、私と同じ魔法少女さえも犠牲になった。
――早く戦争が終結してほしい。
こんなところからは早く逃げてしまいたい。
元の生活に戻りたい。
母の作ってくれた手料理が食べたい。
妹の
親友の
あたりまえだった日常の有り難さを痛感した。
でも、ここまで世界は壊されてしまった。
もうあの日常を手に入れることはできないだろう。
――あのときに、戻りたい。
そんなこと願いながら、私は夜が明ける寸前の空を見つめた。
そのとき――
「えっ」
視界に映った。
空に浮かぶ、紫の星が。
他の星よりも眩い光を放ち、この街のすぐ上で停滞しているようだった。
「――あのときの、流れ星?」
以前、私が目撃した紫の流星。
色も光の強さも前回と同じである。同一の星と見て間違いないだろう。
それが移動せずに留まっている。
「何なのよ……あれは?」
紫星から放たれるプレッシャーが私を襲う。
それは間違いなく、魔族の気配だった。
これまでに感じたことのないような強い気配。
私はそこにある紫光から目を離せなかった。まるで、蛇に睨まれた蛙の如く、そこを動けないのだ。心拍数が上がり、冷や汗が全身から垂れる。過呼吸になりそうだった。
そのとき――
「さ、小夜子ちゃん!」
突然、自室のドアが開かれ、中川が顔を出した。
「敵の気配が近いよ! 早く、迎撃に出ないと……!」
「う、うん……」
「他のみんなはもう出撃してる! アタシたちも援護しないと……!」
* * *
ホテルの外に出た私たちは、飛翔魔法を展開しながら、上空に佇む紫星を見つめていた。
これまでとは全く違う魔族の登場に、みんなの警戒が高まる。
「何なのよ、アレ……?」
「星……みたいだけど、本当に魔族なの?」
すでに日の出を迎え、空が明るくなり始めている。
他の星星の光が薄れていく中、その紫光だけは輝きを保っていた。
「ちょっと高いけど、接近して確認してみようか……?」
「そうだね……」
そのとき――
「……動いた!?」
急降下を開始する紫星。
高度数千メートルから自由落下を超える加速度で一気に下降し、そこから生まれる風によって薄い雲が吹き飛ぶ。
少女たちとの接近は、残り数秒のところまで迫っていた。
「何なの……あの速度は!?」
ゴオオォォォッ!
凄まじい突風と轟音。
それが地表近くまで降りてきた瞬間、衝撃波が生まれる。
ビルの窓が砕け散り、道路に放置される車両が紙のように吹き飛んだ。
私は目を開けることができず、顔の前を手で塞ぐ。
「えっ……」
ようやく風が止み、目を開けた。
それの降下地点に、黒い甲殻に包まれた人型の何かがいた。
あれだけの速度を出した降下にもかかわらず、地表にぶつかることなく、それは宙に浮いて私たちを見つめている。巨大な目玉がキョロキョロと動き、まるで殺害対象の位置を確認しているかのようだった。
体長は2メートルほどだろうか。背中から生えた薄羽が振動し、紫の光を放つ粒子を撒き散らしている。この羽と粒子が、遠くから流星のように見えていたのだ。
「
ハワドが呟く。
それが、あれの名前なのだろう。
先程の動きや気配からして、この魔族は他の個体と比べて明らかに別格だ。
私の脳は自分に「逃げろ」と命令している。
次の瞬間――
ドチャ……!
ほんの一瞬のことで、誰もその動きを捉えることはできなかっただろう。
紫の光を放つ薄羽は、魔法少女の飛翔魔法以上の推進力を生み出し、
「そんな……」
私はその光景に、思わず手で自分の口を押さえた。
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