第17話 散っていく命と、失われる命

 私には何が起きているのか、全く理解できなかった。


「きゃあっ!」

「こいつ……速すぎて動きが……!」


 目の前を縦横無尽に飛び回る紫光。

 その速度は、魔法少女の飛翔魔法を遥かに超越していた。

 反撃するために追っても、追いつけない。

 攻撃を回避するために逃げても、逃げ切れない。


 さらに厄介なのが、その動き方だった。

 まるで蠅のように、空中を不規則に動き回る。

 直進していたと思ったら、突如急降下。上昇と見せかけて、Uターン。


 少女たちは刈者の軌道を読むことができず、死角からの接近を許してしまう。


「げふぅ……!」

「ごぼっ!」


 次々と犠牲になっていく魔法少女たち。

 蠅の王・刈者の鋭利な爪が、彼女たちの肉体を切り裂いた。

 爪が首を刎ね、心臓を突き刺し、体をバラバラにする。

 魔法少女の死体が地面へと落ちていき、鈍い音を立てていく。


 その飛行と殺害の軌道が紫の光によって空中に残り、まるでネオンのアートみたいだった。


「さ、小夜子ちゃん! に、逃げよう!」

「う、うん……」


 仲間を大量に失う光景を見て、何もできない私。

 完全に思考が停止し、中川の提案にも上の空だ。


 目の前の光景を信じることができない。

 これは、本当に現実なのだろうか?


 何人もいた魔法少女は消えていき、残る少女は私と中川だけになった。


 私たちを困惑させるためか、不規則な動きで接近してくる刈者。


「このっ……!」


 中川が炎魔法を発動させる。

 周囲に広がる業火。刈者がいる場所に向かって、中川は半径数十メートルにも及ぶ巨大な火球を放ったのだ。

 広範囲を一気に焼き払う攻撃ならば、刈者も避けられないと考えたのだろう。

 赤熱する建造物。街路樹は一瞬にして炭となった。


 しかし――


「そ、そんな……」


 炎の中央に留まる影。

 刈者はその業火を浴びても、平然と佇んでいた。


「き、効いてない……?」


 中川の驚愕した表情を見たのか、刈者が炎の中で不敵に微笑む。


「逃げるんだ、お前ら! 今の俺たちが勝てる相手じゃない!」


 ハワドが叫ぶ。


 次の瞬間――


「ぐふっ……!」


 刈者は一瞬にして中川との距離を詰め、その爪を彼女の心臓に突き刺した。爪は背中まで貫通し、中川の口からは血液がゴボゴボと溢れ出る。


「に……げて……さよ……こ……ちゃ……」


 彼女の虚ろな瞳が私を見つめた。


 刈者は爪を中川に突き刺したまま彼女を掴み、魔法によって生み出された業火の中へと放り込む。

 彼女は力なく炎の海に伏し、衣や皮膚が焦げ、やがて灰へ変化していく。


「そんな……中川さん……」


 それが中川飛鳥の最期だった。

 彼女は自身の生み出した魔法によって焼かれたのだ。


 そして、蠅の王ベルゼブブ刈者リーパーの残る標的は私だけとなった。


「どうして……みんなを……!」


 このとき、私の頭は動揺と混乱に支配され、冷静な判断ができなかったと思う。

 私はありったけの光剣を召喚し、刈者へ放った。100本以上の剣が、雨のように降り注ぐ。


 ガギィィィン!


「えっ……」


 しかし、その刃は敵に突き刺さらず、甲殻に当たった瞬間、ガラスのように砕け散る。


「どう……して?」


 これまで何でも切り裂いてきた光剣。それがこの敵には無意味だったのだ。


 多くの仲間を失い、友人だった中川も失い、武器である魔法も通用しなかった。

 真っ白になる私の思考。


 そして――


「うぐっ……!」


 気が付けば、私の腹部に刈者の爪が深く突き刺さっていた。傷口から噴出した血液が布に染みていき、純白だった衣は腹部を中心に真紅に染まっていく。


「これで終わりだ。魔法少女よ」


 刈者の口から、そんな言葉が発せられる。

 強烈な痛み。

 爪をゆっくりと引き抜かれた私は、飛翔魔法の効力を失い、地表へと落下した。


 ――私も、これで死んじゃうのか。


 ドサッ……!


 道路のアスファルトへ衝突し、さらに鈍い痛みが体全体へ広がる。

 私は地上で仰向けとなり、視界には紫の光が浮かぶ空が映った。


「小夜子!」


 私を心配して、ハワドが地上付近まで追いかけてくる。


 そして、私の意識が途切れる最後に見た光景は、私とハワドの上からビルが倒れてくる、というものだ。

 刈者の攻撃によって近くのビルが倒され、私たちの上に轟音とともに覆い被さってきた。



【第1章 完】

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