第19話 悲劇の再現

「こいつら……死神ね……」


 現れたのは死神だった。


 硬い甲殻に覆われた黒い巨躯。

 鎌のような爪。

 盛り上がった筋肉。

 長い鞭のような尾。


 死神を連想させるフォルムには変化がない。

 

「こいつらとは、あの頃たくさん戦ったわね、ハワド?」

「ああ、戦い方、ちゃんと覚えているか?」

「ええ。大丈夫」


 グルルッ……!


 死神たちは呻り声を上げながら、私との間合いを探るようにゆっくりと近づいていく。建造物の屋上から、内部から、道路から、徐々に自分を取り囲む。


「――来る!」


 そして、背後に回った一体の死神が高く跳躍し、私に向けて鎌のような爪を振りかざした。死角からの攻撃であり、私からは見えない。しかし――


「その動きは読んでたわ」


 魔族を感知する能力を駆使し、その行動を察知する。

 私は左手から光剣を召喚した。飛びかかる死神の方へ振り向き、その剣を水平に振る。


「大丈夫……魔法の使い方は覚えてる」


 グオオオオオオオッ!!


 死神の体は横へ真っ二つに切り裂かれ、咆哮を上げながら地面へと倒れ込んだ。切り口から、魔族特有の黒い血がドクドクと流れ出る。


「まずは、1体目」


 そして、別の死神が背後から私に向けて走り出した。時間差で別の2体も走り出す。


「小夜子、連携攻撃が来た」


 私は背後からの爪の振り下ろしを高くジャンプして回避した。走り出したもう2体の死神はそれを追い、2体同時に空中へ高く飛び上がる。左手に持っていた光剣をそのうちの1体に投げつけた。剣は死神の頭部を貫通し、敵を地面に叩き落とす。残った死神は、鋭利な白い犬歯を剥き出しにして私へ飛びかかった。


「残念ね。剣はまだまだあるの」


 今度は右手から、もう一本の剣が出現させる。その剣が襲いかかる死神の爪を砕き、そのまま体を縦へ真っ二つに裂く。


 ――ドスッ!


 私はそのまま地面へ急降下し、空中へ誘い出した役の死神の頭部へ剣を突き立てた。敵は一瞬だけ痙攣し、絶命した。


「これで4体ね。もう1体は? 反応が消えたけど?」

「ここから追えない距離まで逃走している。奴らもバカじゃない。戦力差が分かればすぐに後退して態勢を立て直すし、全滅して上司に情報を持ち帰れないことを嫌うからな」


 私は剣の魔法を解いた。持っていた剣と死神に突き刺さっていた剣は、さらさらと砂のように消える。


「さあ、あの兄妹のところへ戻りましょ」









     * * *


「魔法少女のオバちゃん、ここが僕たちの家だよ」

「オバちゃんじゃないわ。お姉さんと呼びなさい」


 兄妹に案内されたのは、廃墟となったビルの1階だった。彼らはここを住居として使っているらしい。外に置いてあった蛍光灯の看板は完全に朽ち、店の名前はもう分からない。


「ただいまぁ! お母さん! あのね、魔法少女のお姉ちゃんを連れてきたの!」


 妹は店の奥に向かって大声を出した。しかし、その反応はない。


「なぁ、小夜子。お前も分かっているだろうが――」

「分かってる。でも、どうしようもないよ」


 私とハワドは気付いていた。

 店の奥に魔族の反応があることに――。








     * * *


 クチャ……クチャ……!


「これ、何の音かなぁ?」

「あまり喋らない方がいいわ」


 私と兄妹は店の厨房へ続く廊下を歩いていく。

 そこから聞こえるのは、何かの咀嚼音。

 廊下から厨房を覗き込むと、彼らの母親らしき人物が床に正座していた。何かを食べており、音はそこから発せられている。私たちに背を向けており、何を食べているかまでは分からないが。

 強くなる魔族の気配。それは確実に母親から発せられていた。


「ねぇ、お母さん?」


 桜が声をかける。ようやく気付いたのか、彼らの母親はゆっくりと振り向いた。


「ひぇっ!」

「おかあ……さん?」


 赤く濡れた口元。

 虹色の虹彩。

 生気を失った青白い肌。


 母が手に持って食べていたものが床に転げ落ちる。

 それは男性の頭部だった。


「きゃああああああ!!」

「お、お父さんが!」


 桜の悲鳴が店内に響き渡る。男の生首はあちこちに齧られた痕があり、皮膚がほとんど剥がれていた。


「そこをどいて!」


 私は兄妹の後ろから厨房へ入り、母親の前に立つ。


「魔法少女のお姉ちゃん!」

「あなたたちは店の外へ行きなさい」

「で、でもお母さんが……!」

「あなたたちのお母さんはね……魔族になったのよ」


 私は光剣を出現させ、母親へとそれを向ける。


 あれから数十年経っても、ウイルス型魔族はまだ猛威を振るっていたのだ。私が魔法少女になった頃と同じように。彼らの母親もまた魔族になり、家族を殺した。


「早く店の外へ行きなさい!」

「う、うん……」


 私が兄妹に向かって怒鳴ると、冬樹は泣いてうずくまる桜を抱え上げて玄関へ去っていった。


「母親ウイルス型の魔族に感染してたのね」


 ブシャアアアッ!


 光剣を振り、一瞬で母親の首を斬り落とす。

 頭部を失くした母親は床へ倒れ込んだ。


「ごめんなさい。でも、あなただって自分の子どもを傷付けたくないでしょう?」


 近くに置いてあった白いテーブルクロスを、母親の死体の上にそっと被せる。

 それが今の私にできる彼女への弔いだった。






     * * *


「ねぇ、お母さんはどうなったの?」


 店の玄関で待機していた兄妹が、私に問いかけてくる。


「……」


 私は答えなかった。答えられなかった。

 自分が殺し、もう彼らの母親が存在しないことをどうやって伝えればよいのか、言葉が見つからなかった。


「お母さんはどうして魔族になっちゃったの?」


 私は立て膝になって、兄妹の目線に合わせる。


「魔族はね、死神みたいな大きなヤツばかりじゃないの。見えないほど小さい魔族もいてね、私たちの体に入り込んで、魔族の体へと変えていくの」

「……魔族になっちゃうとどうなるの?」

「他の人間を襲うようになるわ。自分の身近な人間を次々と殺しちゃうのよ。それが魔族にとって最大の切り札だったの。昔、魔族はこうやって人間に勝負を挑んできたわ」

「それが魔族との戦争で負けちゃった理由なの?」

「そうね……魔族にならなかった人もたくさんいたけどね、他の魔族も強かったの」

「そーなんだ……」

「それで、言いにくいんだけど――」


 私は子どもたちの目を真剣な眼差しで見つめた。


「あなたたちも、体が魔族に変えられているわ」


 ――私は気付いていた。彼らと出会ったときから。


 感染者に見られる典型的な症状――虹色の虹彩、変形した瞳孔、血の気のない肌。それらが彼らにも現れている。


 私は兄妹に全て話した。

 彼らももうすぐ母親のようになることを。自分が誰だったのか忘れることを。魔族になると、誰かを襲うようになってしまうことを。

 そして、彼らの汚染具合が、私たちの手に負えないほど進行していることを。


     * * *


「天国に行けば、お母さんにも会えるよね?」

「……」


 私は桜の質問にどう答えたらよいのか分からなかった。素直に「そうね」などど言えればよいのかもしれないが、私にはそれが無責任なように感じたのだ。


「お姉ちゃんさぁ、嘘が下手だよね? 答えられない質問に黙っちゃうんだもん」

「うーん、そうかもね……」


 私の代わりに、冬樹が妹からの質問に答える。


「桜、『お母さんに会いたい』って願っていれば、きっと天国で会えると思うよ」

「そうなんだ!」

「じゃあ、いくわ……」


 私は光剣を出現させる。

 剣を向ける先は、桜と冬樹の兄妹。

 剣を兄妹に向けて振る直前、私はこう呟いた。


「あなたたちの世界を救えなくて……ごめんなさい」


 光剣が兄妹を切り裂いた瞬間、記憶がフラッシュバックする。


 ――そうだ……確か私の両親も私の手によって、こうやって死んだんだ。

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