第20話 荒廃した世界

 大戦時、魔族は治安が悪化している中東地域を最初に支配した。統治機構が十分に機能していない地域では自分たちの情報が伝わりにくく、他地域への侵攻する準備を整えやすかったからだ。


 その頃から世界各地で人体が魔族化するという現象が起こり始める。

 原因はすぐに解明され、『超小型の魔族が細胞の遺伝子情報を書き換えている』と世界保健機構が発表した。


 しかし、ウイルス型魔族の体内への侵入や症状の進行を食い止める方法は、人類の抵抗が続く最後まで発見されなかった。


     * * *


 私とハワドは殺害した兄妹の家からこの時代の魔族の情勢について何か分かるものを探していた。タンスや本棚などの引き出しを開けていく。


「小夜子、探し方が違うぞ! 引き出しは下から開けるんだ! 空き巣の常識だぞ」

「し、知らないわよ、そんな常識! その発言、あなた本当に妖精か疑っちゃうんだけど」

「俺の性格は今に始まったことじゃないだろ! 妖精にだってなぁ、個性があるんだよ! 個性が!」






     * * *


 結局この時代の様子が分かる書物は発見できず、私たちは外へ出た。


「文献を探すのは諦めようぜ。人に直接会って聞き出す方が早いかもしれん」

「それか、魔族に直接聞き出すのかのどっちかよね。さっきの《死神》はどの方向に逃げて行った?」

「ここから神奈川県の方向だな。奴ら、拠点を建築している可能性があるな」

「そうね……」


 私は屋外に出ると、空を見上げ、魔法を唱えた。


「光よ。我に翼を……」


 魔法を唱え終わった瞬間、私は浮かび上がる。

 飛翔魔法で形成された羽はキラキラと輝き、光の粒子を周囲に散らしていた。


「よくその飛翔魔法を覚えていたな。休眠の間に忘れていると思ってたぜ」

「何でもかんでも忘れているわけじゃないわ」

「まぁいいや……さっさと行こうか」

「ええ」


 そのまま地面を蹴り、羽を使って力強く飛び立った。

 死神が逃げた方向へ加速していく。光の粒が軌道に残留し、天の川のように輝いた。


「早く、ウイルスの散布を止めないと……」

「ああ! どこかに散布装置があるはずだ」


 あの親子のような犠牲者をなくすためにも、散布装置の破壊は必須だった。







     * * *


「どこも廃墟ばかりね……」


 空から見える光景は、昔見た都市の様子とかなり異なっている。


 ツタ系の植物に覆われた建造物。

 雑草が伸びて、アスファルトが割れた道路。


 そして――


「あれは酷いわね……」

「ああ……」


 私の目に留まったのは、魔族の攻撃によって形成されたクレーターだ。直径100メートルを超える巨大なクレーターがあちこちに存在している。魔法少女敗北後の人間狩りで作られたものだろう。


「あの一撃一撃が……多くの人を殺したのね」

「ああ。そうだろうな」







     * * *


 私はそれから飛行し続けたが、魔族の拠点らしき建造物は発見できなかった。


「魔族……いないわね……」

「あの死神、俺たちが追いかけてくることを想定して最初別の方向に逃げていたか、それとも地下に拠点を作ったか、またはその両方か……」


 そのとき――


「ねぇ、あそこ……煙が出てる」


 ここから数キロ離れた地点――黒い煙が昇っている場所を発見した。

 その場所は周辺がコンクリートの高い壁で囲まれ、中にある建造物群を守る構造になっている。


「魔族? いや、あれは人間の集落か」

「あの集落……様子が変ね」


 私たちは目を凝らし、その集落の様子を観察する。


 そこには自動小銃を持った人間が大勢おり、高い壁の上から外側に向かって発砲している。汚れた服装をしており、おそらく彼らはこの時代の生存者だろう。


「あの人たち……一体、何に向かって発砲して……?」

「お、おい! 小夜子! 壁の外に……!」


 彼らが銃を向ける先には、死神を始めとする多くの魔族がいた。


「うわぁぁ! 来るなァ!」

「ギャァァッ! グェッ……!」


 死神は次々と壁を登り、銃を持った人間たちを爪で切り裂いていく。


「酷い……」


 小銃の弾丸はあまり効果を発揮していない。死神の硬く厚い甲殻は弾丸さえも無効化する。

 これが魔族に人間が負けた理由の一つだ。当時、多くの軍隊で主流だった兵器が通用しなかったのだ。これによって軍隊は次々と壊滅し、あっという間に魔力は勢力図を拡大した。


 今、目の前で行われている戦闘でも、それは同じだった。弾が当たっても、死神の動きは止まらない。兵士たちは爪でバラバラにされ、強靭な顎で噛み砕かれていく。


 それだけでも絶望的な状況なのだが、がさらに事態を悪化させていた。


 跳躍力に優れた別の種類の魔族がおり、次々と壁を乗り越えていく。

 高さ2mほどの魔族だ。マントのような背中の甲殻が中世ヨーロッパの騎士を連想させる。


 ――小鬼蟲騎士ゴブリン・セクト・ナイト


 それは、私にとって苦い思い出のある魔族だった。


「うわぁぁっ!? 何だ、こいつ!?」


 一人の兵士の前に、騎士ナイトが立ち塞がる。エメラルド色の複眼が彼の姿を捉えた。

 そして、複眼が怪しく光った瞬間――


「ベブッ……!」


 一蹴。

 騎士の発達した脚から繰り出された蹴りが、兵士の上半身を一撃で吹き飛ばす。


 ドチャッ……!


 彼は骨や臓物を撒き散らしながら倒れる。吹き飛んだ顔には『何が起きたのか分からない』という表情が浮かんでいた。


「あいつ……魔法少女の仲間を殺した……」

騎士ナイト……って、おい、小夜子!?」


 気が付けば、私はその集落に向かって加速していた。

 小鬼蟲騎士目がけて。

 私の脳裏には、の光景が浮かんでいた。

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