第2章 退廃した世界

第18話 魔法少女の復活

 あれから何年もの時間が過ぎた。


 西暦2041年――人間界が『魔族』と呼ばれる生命体に支配されてから数十年が経過していた。


     * * *


 かつて『日本の首都』と呼ばれていた街は、鬱蒼とした緑に覆われている。

 多くの高層ビルはその外観を大きく変え、ほぼ骨組みだけのような状態だ。

 繁殖力の高い蔦が建造物を覆い、鳥や虫などの小動物がそこに暮らす。


 ――私は瓦礫の隙間から、そんな光景を見続けていた。


 痛みで飛んでいた意識は、数年前に戻った。

 ただ、体に力が入らない。


 蠅の王ベルゼブブの爪が腹に刺し込まれて――痛みを感じて――地面に落ちて――あれから私の体はどうなったのだろう?


 意識があるってことは、まだ死んでないのかな?


 痛みは年々減少している。誰かが私の体を修復しているのだろうか。


 その街の、魔族との戦闘が激しかった区画――巨大な電波塔があった場所には瓦礫が山のように積み上げられていた。






     * * *


 またさらに数年が経過したある日――


「――おい、小夜子?」


 懐かしい声。

 記憶は曖昧だけど、確か名前は『ハワド』だっただろうか。昔、私の傍に寄り添っていた妖精の声がどこからか聞こえる。


「聞こえるよ?」


 ああ。声を出すなんて数十年ぶりだ。

 自分の声って、こんな感じだったっけ?


「お前の体の修復が完了した。今なら、魔法でこの瓦礫を吹き飛ばして外へ出られる」

「外か――」

「どうした? 出たくないのか?」

「まだ守るべき人間はいるのかな――って」

「ときどき、この近くを通過した気配は感じる。それとも、このまま瓦礫に埋もれたままでいるのか?」

「それはしないけど」


 もう十分退屈は経験した。


 私は魔族を許さない。私の家族を奪い、親友だった魔法少女たちも殺害した彼らを。

 そして、私は守らなければならない。もし、まだどこかに人類が残り、魔族の恐怖に怯えているならば、彼らを救いたい。


 その想いが、今の私を突き動かす。


 ――ドガァァン!


 積み上げられた瓦礫の山。その中腹で、私はそれを内側から吹き飛ばした。凄まじい衝撃音が周辺に響き、山には大きな穴が開く。


 久しぶりに陽光を浴びた。太陽に向かって手をかざし、目を細めながら明るさに目が慣れるのを待つ。


「ここが、私たちが守っていた街なの?」


 かつて栄えていた都市は変貌していた。どこもかしこも瓦礫だらけだ。道路を雑草が覆い、遠くからシカと思われる草食動物が私を見つめている。少なくとも、ここは人間が住めるような街ではない。

 おそらく、魔法少女の敗北後、魔族たちによって蹂躙されたのだろう。容赦のない人間狩り。瓦礫のあちこちに血液らしき黒い染みが残っていた。


「ここも、随分変わったよな」


 彼女の問いかけに答えるように、彼女のすぐ後ろから白いイヌのぬいぐるみのような姿の妖精が宙をふわふわと浮きながら追いかけてくる。


「あなた……生きてたんだ!」


 ハワドだ。すごく懐かしい。

 私は嬉しさのあまり、彼を抱きしめてしまった。

 ふわふわ、もふもふした感触が気持ちいい。


「よかった。あなたは変わっていないのね」

「お、おい小夜子……恥ずかしいからやめてくれって」


 ずっと退屈で寂しかった。この世界には、もう自分だけしか残っていないような気さえしていた。

 それでも、ハワドは自分の傍にいてくれたのだ。ずっと。










     * * *


「――それで、まだ人間が残っているとして、彼らはどこに逃げたのかしら?」

「いつも、この周辺に人が動いている気配を感じるんだが……」


 ハワドが「人の気配を感知した」というポイントに向かって歩いていた。瓦礫の山を登り、遠くまで見下ろす。


 そのとき――


「ねぇ、あそこに真っ白な人が立ってるよ?」

「おい、サクラ! 勝手に行くな! 魔族だったらどうするつもりだ!」


 私の視界は人影を捉えていた。

 廃墟ビルの奥に、小さな人影。一瞬、小鬼蟲かと思い、身構えてしまったが、魔族の気配は感じられない。


 近づいてきたのは小学生ほどの年齢の男女だった。二人ともボロボロな服装をしており、食料を詰め込んだリュックを背負っている。少女が見たところ、二人組は兄妹のような雰囲気であり、妹が少女の方を指差して、兄と何か喋っている。


「よかった、ハワド。生き残っている人間はいるのね」

「ああ、間違いなく人間の子どもだ」


 私は瓦礫の山の中腹から彼らを見下ろした。私はその場で一気に跳躍し、彼らの元へ降り立つ。


「と、飛んだ!」


 魔法少女特有の身体強化による跳躍に、兄妹は驚いた。その跳躍は人間の限界を遥かに超えている。


「す、すごい! お姉さん、もしかして魔法少女? 昔、魔族を倒すために戦っていたって本当!?」


 妹の方が近くへ降りてきた彼女に問いかける。


「お、おい、やめろよ。魔族の仲間かもしれないだろ?」


 一方、兄は慎重な考え方をしており、妹の前に腕を伸ばして制止させる。


「大丈夫よ。安心して。私は魔法少女。魔族と敵対関係にある――」

「あ、知ってるよ! 昔、魔族と戦ったんでしょ!?」


 小夜子は兄妹に向かって微笑んだ。


「私の名前は、桐倉小夜子っていうの。それで、こっちは妖精のハワド」


 彼女は肩に停まっている白いぬいぐるみを指差した。


「よろしくな」

「ぬ、ぬいぐるみが喋ったよ、お兄ちゃん!」

「ふ、腹話術に決まってるだろ!」

「……」


 無言になるハワド。

 魔法少女の存在は受け継がれても、妖精の存在までは伝承されなかったらしい。妖精がいなければ魔法少女は誕生しなかったというのに。やはり派手に戦闘する方が人々の記憶に刻まれやすかったのだろう。


「まあ、これが普通の反応よねぇ。ずっと一般人と話してこなかったから、こういう反応されるとすごく新鮮だけど」

「まったく、妖精を空気扱いしやがって」


 私は驚く子どもたちの様子を見て微笑んだ。一方、妖精のハワドは人形と間違われたことが気に食わないのか、話題を切り替える。


「ところで小夜子、こいつらから今の世界の現状について聞き出そうぜ。俺たちは長い間眠っていたせいで、この世界に関して無知なんだから」


 私は頷き、その場にしゃがみ込んで兄妹の目線に合わせ、兄妹の瞳孔をじっと見つめた。


「ねぇ、この世界について色々聞きたいことがあるのだけれど、それはご両親の方が詳しいかしら?」








     * * *


「僕らのウチはこっちだよ。魔法使いさん」


 幼い兄妹の案内で私たちは彼らが住居として使っている建造物へ向かっていた。いくつもの破壊された建造物を通り抜け、狭い道へ入っていく。

 この兄妹は壊れた世界で生きる逞しさを身に付けているようだった。兄は冬樹トウキ、妹の方はサクラという名前らしい。


 桜がふと疑問に思ったのか、私に質問をぶつけた。


「ねぇ、お姉さんは何歳なの? ずっと前からあそこで眠ってたんでしょ?」

「小夜子は17歳だ。魔法少女になったのは17歳のときだから、それからずっと成長は止まっている」

「つまり、本当はオバさんなの?」


 小さな子どもは言葉の選び方を知らない。


「ま、まあ。ほ、本当はね? 魔法少女は思春期のまま生物としての機能が止まるから」


 私の声は引きつっていた。

 その様子を見て、ハワドがくすくすと笑う。


「と、ところで、家まではあとどれくらいかしら?」

「ここから2ブロック先が家なんだけど……」


 冬樹が蔦が茂った高層ビルから外へ出ようとしたとき――


「待って」


 私は彼の肩を掴んで制止させた。

 嫌な気配。この先で何かが蠢くような感覚が脳を刺激する。


「どうしたの? 魔法少女のオバちゃん?」

「この先に魔族がいる」

「えっ!」


 子どもたちはその言葉に驚き、声を上げてしまう。


「大きな声を出さないで。しーっ」

「しーっ」


 桜は手を自分の口に当てて声を抑えた。


「ごめんなさい……でも、どうして分かるの?」

「魔法少女と妖精には、近くの魔族を感知する能力があるのよ。私とハワドの見立てでは、この先に魔族が5体潜んでいるわ」

「5体も……?」

「あなたたちはここで待ってて。片付けてくるわ」


 私は一気に高層ビルの陰から飛び出した。


 ザッ……!


 私はアスファルトが剥がれた車道の中央に降り立ち、隠れている魔族に対して自分の存在をアピールする。


「隠れているのは分かっているわ。出てきなさい」


 私の呼びかけに応じるように、周辺の建造物の屋上や内部からぞろぞろと大きな黒い影が現れてきた。

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