第10話 戦友との邂逅

「魔族よ、煤塵と化せ!」


 そのとき、どこからか女性の声が響いた。


 ゴォォオッ!


「キュィイイイッ!」


 魔力を増幅させていた小鬼蟲僧侶ゴブリン・セクト・ビショップは突如地面から現れた赤い炎の渦に閉じ込められた。腕や脚といった体の先端からボロボロと灰と煤に変わっていく。小鬼蟲は体を焼かれる痛みに、悲痛な叫び声を上げる。


「な、何が起きたの……?」

「炎の色が違う……。別の誰かが炎魔法で僧侶ビショップを攻撃したんだ」


 敵を包む炎は勢いを増した。体の全てが灰と煤と化し、宙へ舞う。


「すごい……跡形もなく、敵を消し去った……」


 私はその様子を傍観していた。初めて見る自分以外が使う魔法に驚いていたのだ。


「ねぇ、あなたも魔法少女なんでしょ?」

「えっ……」


 再び、先程と同じ女性の声が響く。


「こっちよ、こっち!」

「……」


 私は声がする方向を見上げた。私のすぐ横あったビルの屋上から発せられているようだ。


「もしかして……あなたも……魔法少女なの?」

「ええ、そうよ!」


 そこにいたのは、私と同年代くらいの赤髪の少女だった。私と同じく白い衣を見に纏い、屋上の手摺に腰かけながら私を見ていた。


「アタシ、中川なかがわ飛鳥あすかっていうの! あなたは?」

「わ……私は……桐倉きりくら……小夜子さよこ

「よろしくね、小夜子ちゃん! あなたは剣みたいな魔法を使う魔法少女なんだね!」

「あ……うん」

「アタシは、今見たとおり、炎で敵を焼き尽くす魔法を使えるの!」

「さっきの炎は……あなたの攻撃だったのね……」


 それが、私以外に存在する魔法少女との最初の出会いだった。


「じゃあ、小夜子ちゃん! こっから先は一緒に魔族を倒していきましょう!」

「え……あ、うん……」


 大量の魔族の襲来、初めて見る種類の魔族、魔法を使う魔族、私以外の魔法少女の登場――次々と変化する状況を、私の頭は理解するので精一杯だった。


「ほら、ボーッとしないで! そんなんじゃ、あっという間にやられちゃうよ!」

「え……?」


 中川は遠くを指差した。私もその方角へ顔を向けると、大小様々な魔族がこちらに向かって来ているのが見える。彼らの総数は20以上、その光景はまるで、黒い壁が徐々に迫っているようだった。


「さっきの戦闘で私たちの存在に気付いたのよ、きっとね」

「た、倒さないと……」

「じゃあ……燃やし尽くすわ!」


 中川は屋上の手摺から飛び降り、空中で飛翔魔法を展開させた。


「いけっ! アタシの炎!」


 ゴォォォッ!


 中川の虹彩が赤く光ると同時に、敵の足元から巨大な炎の柱が飛び出す。轟音とともに勢いよく噴出した炎は、小鬼蟲のような小型の魔族を高く上空へ吹き飛ばし、甲虫頭のような大型の魔族を包み込んだ。彼らは悲鳴を上げながら、徐々に灰と煤へ化していく。周辺の建造物やアスファルトは赤熱し、倒れた魔族の死体から溢れた黒い血液はグツグツと沸騰していた。

 道路を塞ぐほどの巨大な黒い壁は、彼女の魔法によって一瞬にして燃やし尽くされたのだ。


「あ、熱ッ!」


 高熱を帯びた空気の波が私にも届き、思わず顔の前を手で遮った。

 舞った煤や灰が、死体の焦げる臭いとともに自分の鼻腔に届く。


「ああ、ごめんごめん! 熱かった?」

「う、うん……」

「で、でも、止まっている暇はないよ! 早くしないと、魔族が住宅街に辿り着いちゃう!」

「そ、そうだね……」

「じゃあ、私は向こうの魔族を倒してくるから、小夜子ちゃんはあっちをお願いね」


 中川はそう言うと、飛翔魔法で加速してどこかへ消えていった。

 いきなり私以外の魔法少女が現れ、強力な魔法を見せつけて去っていく――そんな嵐のような出来事に、私はその様子をただポカンと見つめることしかできなかった。


「おい、小夜子?」

「あ……何、ハワド?」

「ボーッとしている暇はないぞ?」

「う、うん……」


 ハワドに促され、ようやく私は中川に魔族討伐を指示された方向へ飛翔魔法を展開した。


「あの……ハワド?」

「何だよ」

「思ったんだけど……あの子の魔法すごかったね。私の魔法なんかより……」

「そうかぁ? 俺はお前の魔法の方がすごいと思うが……」

「だって、あんな数の敵を一瞬で消し炭にしちゃったんだよ?」

「お前の魔法だって、一瞬で敵を切り刻めるだろ?」

「それに……」

「それに?」

「あの子、すごく魔法少女として活き活きしてた」

「まぁな」


 私は中川の様子を思い出す。

 私のピンチを救い、巨大な複数の敵に臆することなく魔法で立ち向かった。テキパキとした口調での命令し、自分から率先して動く――彼女は自分よりも格段に魔法少女らしいと感じたのだ。


 私は……彼女のように強大な敵に立ち向かえるだろうか。


 私は……人々を救うことができるのだろうか。

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