第30話 新たな力

 ――静岡県・中部


 かつての繁華街だった場所。


 意味を成さなくなった広告看板。

 針金のように捻じ曲げられた線路。

 鉄骨が剥き出しになった高層ビルは蔦植物に覆われている。

 

 人間が住み着かなくなったそんな場所に、魔族の基地は建設されていた。


 紫のタワー。


 魔力を生成する巨大なアメジスト色の水晶。

 それが幾つも連なり、塔のような建造物が構築されている。暗夜の中で、生成された魔力が不気味に紫に発光していた。

 その周囲には何匹もの魔族が取り囲み、人間や魔法少女による襲撃を警戒している。


 そこへ向かう一筋の光。

 紫の流星。


 蠅の王ベルゼブブ刈者リーパーの帰還だ。


 塔の中腹にある開けた穴。

 そこに着陸した蠅の王ベルゼブブは、待機していた部下に声を上げる。


「すグに、ワタシの治療の準備を始メろ!」


 ゴホゴホと咳き込み、苦しそうな声。

 蠅の王ベルゼブブ桐倉きりくら小夜子さよことの戦闘によってかなり体力を削られていた。胸に突き刺さる何本もの光剣。失った腕。一歩前に踏み出す度に零れる血液。


蠅の王ベルゼブブ……」

とおるか、どうシた?」


 待機していた彼の部下の中からカツカツと足音を響かせながら現れたのは、小夜子とも戦闘を交わした人間型魔族――とおるだ。コート型の黒い甲殻に覆われた肉体の上に白いエプロンを着用している。


「換装用肉体……用意?」

「ああ、治療ではナく、体を乗リ換えルか、とイうコとか?」


 魔族用の換装用肉体。

 上級魔族のみに使用を許された、強大な力を得るための肉体だ。生命の危機が迫ったときに、自分の体を捨てて脳髄のみを移植して乗り換えることを可能としている。


 彼の部下である透は、治療ではなく体の交換を勧めたのだ。

 それはすなわち、蠅の王ベルゼブブが新しい力を入手することを意味している。


「そレもいイだろウ。透、今すぐ用意しろォ!」

「御意……格納庫まで……御同行願う」


 蠅の王ベルゼブブは彼の意見を採用し、自分の体を捨てることを選んだ。

 透は踵を返し、上級魔族用の換装肉体が格納されている施設へと歩き出す。蠅の王ベルゼブブは自分の傷付いた体を他の部下に抱えさせて彼へ付いていく。








     * * *


 壁も床も天井もアメジスト色の廊下を進み、巨大な扉の前に辿り着いた。


「ここには……換装用肉体が……2体ある」

「2つモあるノか」


 透は何トンもあるであろう扉を片手で押す。扉は重い金属音を響かせながらゆっくりと開いた。

 扉の奥にあったのは、どこまでも続いていると錯覚しそうなほど広大な空間。


 そこに並べられていたのは2つの影――


「おお、こレは素晴らシい」

「換装用肉体。名前は《斬羽ザンザーラ》……それと《騎兵トルーパー》」


 1つは何枚もの黒い羽を持つ換装用肉体。《斬羽ザンザーラ》。

 人間のような体型をベースに、先端の尖った刃のような羽が背中に生えている。飛翔速度を重視した肉体であり、その姿は蠅の王ベルゼブブ自身の姿を連想させた。


 そして、もう1つは巨大なクモのような肉体。《騎兵トルーパー》。

 前者に比べ、そのサイズはかなり大きい。3階建ての家屋ほどの巨躯。黒い山のようにも見えるそれは、禍々しい気配を放つ。


「どちらを……所望?」

「よリ強い方だ! あの魔法少女を徹底的に叩き潰スための肉体がほシい!」

「それなら……騎兵トルーパーの方が……希望に沿っている。斬羽ザンザーラより……遥かに攻撃力が高い……今すぐ、手術に取りかかる」


 透は格納庫に待機していた小鬼蟲ゴブリン・セクトの移植技師たちに命令を出す。









 こうして、彼は自分の体を捨てた。


 より強い力を手に入れるために――。

 魔法少女を叩き潰すために――。


 刈者リーパー――その名前も捨てた。





 今の彼は、蠅の王ベルゼブブ騎兵トルーパー






 やがて、移植手術を終えた彼は自分の巨躯をゆっくりと動かす。

 一歩踏み出すごとに生まれる振動。


「こレが騎兵トルーパーの魔力か」


 体の奥から溢れる闇の魔力。

 それは以前の自分とは別格の力を持っていることを示していた。

 視界が高い。傍に立っていたはずの透が豆粒のように見える。


「透、ワタシの声が聞こえルか」

「ああ……聞こえる」

「早速、こいツの力を試したイ。これから襲撃予定の人間の居住区コロニーはあるか?」

「ある……人間の他に魔法少女も存在する区画……仲間も手を焼いている」


 そこは、守りの固い人間の居住区コロニーだった。迫撃砲などの人間が持つ強力な兵器に加え、魔法少女も防衛に参加している。これまでに何度か死神が襲撃したが、大きなダメージも与えられぬまま撤退を余儀なくされた。


「その襲撃作戦にワタシも参加さセろ。襲撃日時もこれかラに変更だ」

「……手配……する」









     * * *


 蠅の王ベルゼブブの命令によって基地内の魔族が慌しく動き始める。

 突如、あるじによって繰り上げられた襲撃予定。

 屋外へ出た彼を中心に隊列が組まれ、陣形が構築されていく。


 とにかく、この力を試したい。

 自分に傷を負わせた魔法少女など、どうでもいい。今の自分とではこちらが圧勝するだろう。

 それより、もっと大きなものを破壊したい!

 この素晴らしい力を、どこかにぶつけてみたい!


 ――そんな欲望に彼は駆られていた。


 多くの魔族が自分の足元に集まっていく。

 透もまた、彼と出撃する。騎兵トルーパーの背中に乗り、ともに進行方向を見つめた。


「しかし、お前に傷を負わせた敵……どうする? この基地に……向かって来ている」

「ああ、あの小夜子とかいウ魔法少女か? そんなの、琴乃ことのに任せレばいい」

「御意……」








     * * *


「私はお留守番かぁ」


 命令を受けた月舘つきだて琴乃ことのは、基地を構築する水晶の頂上に座り込む。


 そこから、人間の居住区コロニー襲撃に出向く仲間たちを見送っていた。

 蠢く黒い絨毯――大群となって廃墟となった街を歩く魔族の列は、そんな風に見えた。


「随分と強そうになったなぁ、ベルちゃんは」


 その絨毯の中に、大きく隆起している箇所がある。

 あれが蠅の王ベルゼブブ騎兵トルーパー


 その背中に乗り込む透の姿も見えた。彼も襲撃作戦に参加するらしい。


 廃墟となった繁華街を覆う黒い波は、人間の居住区に向けて進行する。


 やがて、彼らは夜の闇とともに遠くへ消えていった。










 そして――


「来たね。小夜子ちゃん」


 琴乃は太陽の昇る方向を見つめていた。

 白色に輝く朝日。


 その眩い光に紛れるように、白い魔法少女がいた。

 彼女の瞳は琴乃を真っ直ぐに見つめる。

 飛翔魔法によって背中に形成された羽から魔法粒子が放出され、その軌道を描く。


「やっぱ、綺麗だね。小夜子ちゃんは……」


 白い魔法少女を見た琴乃は、ギラリと目を輝かせる。

 抑え切れない胸の鼓動。その高揚に、思わず口角が上がってしまう。


 琴乃は武器を構える。

 彼女の魔法でもある粒子砲。


 その照準を白い魔法少女に合わせ――



 キュイイイイイイイン!




 ――トリガーを引いた。

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