第32話 招かれる魔法少女
「おかしいわね、ここは魔族の拠点のはずよね、ハワド?」
「そのはずなんだが……」
「どうして誰もいないのよ?」
琴乃との戦闘を邪魔しないように待機していたハワドとも合流し、私は彼女を抱えたまま魔族の拠点である紫の塔に侵入した。
しかし、誰もいない。
塔の素材の発光によって照らされる、紫の空間がどこまでも続く。
時折、壁の中を魔法粒子が流れる音が聞こえる。渓流を走る水の音にそっくりだ。どこか聞いていて心地いい。
魔族の激しい抵抗があるのではないかと覚悟していたが、そんな様子は全然ない。魔法少女の魔族探知能力を使ってみても、感じるのは自分がお姫様抱っこをしている琴乃の気配だけ。
明らかに様子がおかしい。
これが本当に魔族の拠点なのだろうか。
嵐の前の静けさというヤツなのか、嫌な予感がする。
「この基地で何かあったのかしら?」
「そうかもしれんな。それも、この嬢ちゃんが目を覚ましたら聞いてみるか」
「そうね……」
私は自分の胸元にある琴乃の顔を見つめた。まだまだ目を覚ましそうな感じはない。
やはり、身体強化からの膝蹴りは痛烈だったのだろう。
私たちはしばらくアメジスト色の廊下を歩き続けた。
* * *
「何かしらね、この扉」
「セキュリティ・ゲートだな」
基地内を歩き続け、目の前に現れたのは高さ数メートルもある頑丈そうな紫の扉だった。厚さもかなりありそうだ。自動で横にスライドする仕組みのようだが、私たちが近づいても閉ざされたまま。ここで行き止まりになっている。
「セキュリティ・ゲート?」
「万が一、魔法少女や人間に襲撃された際に備えて重要機密を閉じ込めておくための門だ。つまり、この先は基地の最重要区画ってことになる」
「へぇ……」
私は抱えていた琴乃をそっと床へ降ろし、その扉を触ってみた。ひんやりしている。身体強化魔法を使い、グイグイと押してみてもビクともしない。
「ハワド、開け方は知ってる?」
「多分、上級魔族の認証があれば開くんだろうけど、今の俺たちじゃ無理だ」
「重要機密を覗くことができれば、これからの戦闘に役立つと思ったんだけど……」
「そんなにヤツらも甘くはねぇよ」
私は扉の中央に円形の窪みがあるのを発見した。レンズのようなものがはめ込まれている。ハワドの言うことが正しければ、アレが認証装置なのだろう。おそらく、虹彩をスキャンして魔族かどうか判断するシステムのようだ。
試しに自分の虹彩をスキャンさせようかと思ったが、防衛システムが作動する可能性もあるので躊躇した。ハワドも「それは止めておけ」と言ってきた。
光剣を使っても、浅く突き刺さるだけで扉を破れそうにない。扉はかなり奥行きがあるようで、光剣で大きな穴を開けるならば数週間もかかりそうだ。
ここまで基地内を探索してきたが、
これでは、魔族を倒しに襲撃した意味がないではないか……。
「どうしよう、引き返す?」
「そうだな。ここでの収穫はお前の親友の嬢ちゃんだけか……」
「何もないよりはマシだって」
ハワドもげんなりとした表情を見せる。
私は床に寝かせていた琴乃を再び抱き上げ、踵を返そうとした。
そのとき――
「待って、もしかすると……」
琴乃のあどけない寝顔を見て閃いた。
「どうしたんだよ、小夜子?」
「琴乃なら、ここを開けられるんじゃないかな?」
琴乃は人間の姿を保っているが、間違いなく魔族である。虹彩の色も魔族特有の色を放っていたはず。彼女の目を開かせ、認証装置に虹彩をスキャンさせれば機密区画への侵入ができるのではないだろうか。
「その嬢ちゃんが?」
「どうかな? やってみる価値はあると思うんだけど」
「気絶したヤツの目でうまくいくのか? この手の認証装置は意識を失ってるヤツだと反応しないからな?」
私はぐったりしている琴乃の背中を支えて無理矢理立たせ、扉の窪みに向き合わせる。
そして、ハワドが前から彼女の目を開かせる――という算段だったのだが――
「小夜子、やっぱりダメだ」
「え?」
ハワドが琴乃の瞼を上げさせて気付いた。
人間の眼球は、目を閉じると上を向く仕組みになっている。意識を失っている琴乃の瞼の向こうは真っ白だった。
白目を剥いた状態では虹彩は隠れてしまっている。認識装置は判別できない。
彼女の目が覚めたら、どうにか説得してここを開かせてみようか。
琴乃の瞼を戻し、彼女を再び抱き上げようとした。
そのとき――
ゴゴゴゴゴゴ……!
あの重かったドアが横に開いていく。重い音を立てながら。
何の予兆もなく、突然に。
「え? 嘘?」
「扉が……」
どうしてだろうか。
琴乃の虹彩に反応した? いや、だって彼女は完全に白目を剥いて……。
それとも、別の何かに反応したのだろうか。もしそうならば、何に反応したのか。認証レンズの前には、白目の琴乃と、ハワドと、私しかいないはずだが……。
または、この奥にいる誰かがこの扉を内側から開けて、私たちを招こうとしているのかもしれない。となれば、罠が張られている可能性も出てくる。
しかし、奥に魔族の気配は感じない。待ち伏せはなさそうだ。
それなら、私たちを基地ごと爆破などをして消滅させるつもりなのか。それなら他の魔族がいないことに納得できる。だが、ここまでの探索中に爆破できるタイミングはあったはずだ。それに、もっと奥に招き入れて爆破する予定なら、ここの扉は開けっ放しにしておくだろう。
どうにも腑に落ちない。
「どうする、ハワド? 進んだ方がいいのかな?」
「分からねぇよ、そんなの」
この基地に侵入してから、謎を呼ぶ出来事が多すぎる。
琴乃が言う『戦争の真実』とは何なのか。
どうして、この基地には琴乃以外誰もいないのか。
どうして、目の前の扉は勝手に開いたのか。
ハワドが述べた情報が正しいのならば、目の前に続く紫の廊下は魔族の機密保持施設へと繋がっているはず。
そこに行けば、この答えがある。
そんな気がするのだ。
心の奥から湧き出る好奇心。
危険が待ち受けているかもしれないと思っても、この興味が薄まることはない。
「行こう、ハワド。これは魔族の秘密を知る滅多にないチャンスだよ」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
私は開いた扉の奥に向かって、一歩を踏み出した――。
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