第46話 加勢部隊

「もう貴様に魔王の役割を任せるのには飽き飽きしていた。これからはワタシがこの世界の舵を取らせてもらう、闘神蟻兵アヌビス・アントよ」

蠅の王ベルゼブブ、貴様ァ!」


 蠅の王ベルゼブブの伸びた腕が、蟻兵の体の中からズルズルと戻っていく。その手には紋章の描かれた真珠のようなものが握られていた。黒い血液まみれの拳の中で、それがキラキラと紫色の輝きを放つ。

 あれは一体……?

 私は目の前で起きている状況を理解できず、口を開けて停止していた。

 そんな私に、横たわる蟻兵が顔を向ける。


「小夜子さん、あなたはここから逃げなさい」

「えっ」

騎兵トルーパーはあなたも殺すつもりよ……だから早く……」


 蠅の王に与えられた一撃が致命傷になったのか、蟻兵はその場に動かなくなった。ようやく話が通じる魔族に出会えたと思ったのに。


 自分たち種族を脅威から守る。

 生まれも育ちも種族も違う蟻兵だったが、そこだけは私と共感できていた。私も魔族サイドに生まれていたら、あんな風になっていたのかもしれない。魔族に対して湧いていた殺意も、不思議と彼女の前では治まっていた。

 蟻兵の死。どこか悲しみに似た感情が私の心の奥で渦巻く。


が気になるカ、そこにいる元人間の醜い小娘ヨ」


 蠅の王ベルゼブブは蟻兵から奪い取った紫の玉を私に見せびらかす。


「あなたは、彼女に何をしたの?」

「我々魔族の主導権ヲ強奪させてもらった。この『皇蜂の紋章』を持ツ者には『魔王』の称号が与えらレ、兵を自由に動かすことができるのダ」


 そんな道具があるのか。

 蟻兵は私に向けて「『皇蜂の紋章』が効かない」と言っていた。おそらく、私には何らかの理由で紋章の効果が現れなかったため、戦闘に移行したのだろう。


「……蟻兵は仲間じゃなかったの?」

「こいツのような甘い考えの仲間なド必要ないからだ」


 蠅の王ベルゼブブは頭部に巨大な口らしき器官を出現させ、握っていた『皇蜂の紋章』を奥へ放り込んだ。紫の真珠は喉奥へと消えていく。


 その瞬間――


「グオオオオオオオッ!」


 周辺から一斉に死神の咆哮が響く。

 先程、私が全滅させた死神だが、別の群れが集合してきたらしい。荒野のどこまでも広がる蠢く海が、私と蠅の王ベルゼブブを囲っていた。


「さァ、魔族同志諸君! 集まってきたカァ!」

「グオオオオオッ!」

「今からワタシがリーダーとなり、この世界を制圧スる! 長らく続いてきた戦争に決着をつけるときが来タ! 人類も妖精も打ち滅ぼし、我が手中に収めるのダァ!」

「グオオオオオオッ!」


 高らかな声が死神たちを煽ると、それに返すように彼らは咆哮を上げる。

 新魔王誕生の瞬間だった。


 そこは私にとって絶望的な状況だ。

 目の前に集まっている死神は数万体はいる。今まで相手にしたことのない巨大な群れだ。

 対話できそうだった蟻兵はもうこの世にいない。彼女との戦いで4枚あった斬羽ザンザーラも半分に減ってしまった。魔力の最高出力は低下しているし、刃の切れ味だって落ちている。

 そして、一番の問題点は騎兵トルーパーだ。紋章を手に入れた彼はさらに殺気を強め、私を睨む。これから私を潰すつもりなのだろう。このまま戦闘になれば、私の勝機は薄い。


 しかし――


「ダメ……これ以上、人間を傷付けさせたりはしない」


 それでも私は剣を構える。

 このまま騎兵トルーパーに殺されたり、ここから逃げ出したりしたら、今度こそ人類は終わりだ。目の前の敵は確実に人類を一人残らず殺してくる。

 まだ生きたいと願っている人間はたくさんいるはずだ。かつての私と同じように。

 彼らの命を無駄に奪わせたくない。私が体感したあの恐怖を、彼らに味わってほしくない。


「何年も前から続く貴様との因縁も、これでお仕舞いだ」

「そうだったわね。あなたとはずっと前から互いを知っていた気がする」


 今から何十年も前、蠅の王こいつとの因縁は始まった。

 市民を守るために集まっていた魔法少女たちを全滅させられたのが、彼との出会いだった。彼のせいで友人だった中川なかがわ飛鳥あすかを失い、私も治療で何年も眠る破目になる。

 次に会ったときは海上で、どうにか撤退させた。前回の経験から攻撃を凌ぎ、別の戦闘手段に切り替えさせたのが勝利の要因だったと思う。


 そして今。


 最初の出会いから、互いの姿はかなり変わった。

 蠅の王ベルゼブブ刈者リーパーの体を捨て、巨大な騎兵トルーパーとなった。

 私は魔法少女であることを捨て、強大な力を手に入れるため魔族になった。


「私もこの因縁を終わらせたいことに賛成ね」


 私は斬羽ザンザーラを背中から分離させ、ヤツの体へ向かわせた。

 騎兵トルーパーは体全体に渡って反魔法甲殻アンチ・マジック・クラストで覆われているはずだ。私の光剣を無効化してしまう。

 だから、剣となった斬羽ザンザーラで攻撃するしかない。敵の装甲をこれで破壊し、内部に攻撃が通るようになれば私にも勝ち目がある。


 しかし――


 ドスッ!


「強力な戦車はな、それをカバーできる歩兵ガいるからこソ真価を発揮できる」

「そんな……」

「貴様ガ蟻兵とノ戦いで斬羽ザンザーラを消耗したのは知ってイる」


 私が向かわせた斬羽ザンザーラ

 その攻撃は死神の肉壁によって防がれた。何千体もの死神が瞬時に巨躯を覆い、肉の装甲を形成していたのだ。敵は表面が動く山と化し、さらに外見のおぞましさが増す。

 これによって刃の威力は削がれ、奥まで攻撃が通らない。反魔法コーティングを剥がせても、光剣が届かない。先程までは死神を体ごと軽く裂いていた刃が、皮膚を傷付ける程度に能力が落ちている。


「じゃあ、これなら……!」


 私は何万本もの光剣を召喚し、敵本体を覆う死神に向けて発射した。これで一気に大量の死神を殺し、肉の壁に大穴を開ける作戦だ。


 そのとき――


 キュオオオオオオオン!


 騎兵トルーパーのあちこちから放たれる何本もの魔法粒子ビーム。それが光剣を消滅させ、死神へ届くはずの攻撃を減衰させる。

 運よく何本かは死神に到達した。しかし、覆っている死神を殺しても、すぐに別の死神がそこをカバーする。補充される死神を殺そうにも、数が多すぎる上にビームによって妨害された。


「そんな……」


 私の攻撃は完全に殺され、現状有効な対抗手段がない。

 詰みだ。


 呆然と立ち尽くす私に、死神の群れが迫っている。


 このまま私は蠅の王ベルゼブブから逃げるしかないのだろうか。

 人間に戻る夢を捨てて、魔法少女であることも捨てたのに、結局何も成すことができない。

 これじゃ……!


「何も意味がないじゃない!」


 悔しさで唇を噛み締める。拳がわなわなと震えた。


「どうシた? ワタシを倒すんジゃなかったのかァ!?」


 騎兵が煽ってくる。

 うるさい。


「なかなか壊しガいのある小娘だと思っていたが、ワタシの期待外レか」


 キュイイイイイイ!


 騎兵トルーパーの胸部が開き、巨大なビーム発射口が現れる。そこに高密度の魔力が集まっていくのが感じ取れた。魔法粒子を装填し、強烈な一撃で私を仕留めるつもりなのだろう。


「これで終わりだ、魔法少女ォォォォォッ!」


 それが発射される寸前――


 ギュオオオオオオオオオオオン!


「ぐおおおおおっ!?」

「な、何! この攻撃!」


 強烈な閃光。凄まじい熱気。

 突如どこか遠くから発射された魔法粒子ビームが、騎兵トルーパーの体を覆った。高い威力を持つその太いビームは敵本体を覆う死神を消滅させ、反魔法甲殻アンチ・マジック・クラストを露出させる。


 これは間違いなく別の魔族が放った攻撃だ。


 さらにその粒子ビームは放つ方角を変え、私を囲む死神たちに向けられた。六角形の反射板らしきものが宙を漂い、それに当てられたビームはあらゆる方向へ拡散する。直径何メートルもある光の束は次々と死神を飲み込み、荒野を一瞬で焦土に変えていく。


「く、くそォ! ワタシの護衛がァ!」


 大量消失した死神。これによって騎兵トルーパーは肉の装甲をしばらく補充できなくなった。


 誰かが私へ加勢している。

 私に敵本体へ攻撃する機会を与えてくれたのだ。


「まさか、この攻撃って……!」


 私はそのビームの出所を見つめた。

 観覧車のような魔力ジェネレーターの頂上。


 紫の蝶羽。

 重火器のような魔法武器。


 そこに、私の親友だった少女がいた。

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