第45話 兵器の名前

「遥か昔、この世界では妖精と魔族が対立していた。魔法を使って殺し合い、犠牲者を出し、血を血で洗う応酬の毎日だったわ」

「魔族と妖精はこの世界の原生生物だったってこと?」

「そうね。人間と同じように、私たちもこの世界で生まれた」


 魔界闘神蟻兵アーク・アヌビス・アントは星空を見上げた。まるで何かを思い出すように。


「そんなとき、妖精は強力な魔法を使ったの。この世界を破壊してしまうような、ね。その魔法がこの世界の環境を激変させ、多くの生命が滅びた。やがて魔族も妖精も生活が脅かされ、両陣営は魔法で避難用の空間を作り出した。それが――」

「魔族が住む魔界と、妖精が住む天界なのね」

「そのとおりよ」


 魔族も妖精も、元から魔界や天界に住んではいなかったのだ。


「両陣営はそれぞれの世界に別れて暮らし始めた。互いの顔を見ることもない。私たち魔族は長い時間をかけて失った戦力を補充し、妖精との戦争に備えて体の機能を戦闘に特化したものへと変化させていった。でも、妖精たちはそうしなかった」

「え?」

「小夜子さんも妖精たちの姿を見たことがあるなら分かるでしょう? あの体は戦闘向きじゃない」


 私はハワドの外見を思い出した。

 確かに、ハワドはもふもふしていて、爪や牙もない。明らかに戦闘が得意ではなさそう。他の妖精も同じような外見だった気がする。


「妖精たちは長い時間が経過する中で魔族のことなど忘れてしまったの。毎日が平和で、敵を切り裂く爪や牙なんて必要ない。魔族とは逆に、妖精の体は戦闘に不向きな状態になっていったわ」


 妖精が持つあの体にはそういう歴史があったらしい。


「ある日、数万年ぶりにこの世界への門が開いた。そこで、妖精たちは私たちの体を見て絶句したわ。『魔族はあんな醜い化け物になって再戦の準備を整えていた』ってね」

「それで、魔族は戦争を引き起こしたの?」

「いいえ。別に妖精たちが危害をこちらへ加えるつもりがないのなら、私たちもそれでいいと思った。もしあの魔法による災害を起こされたら我々も妖精も堪ったものではない。故郷を再び失いたくはないから。でも、妖精たちはそんな風に考えなかったみたいね」


 そのとき、私は彼女の話を聞くのが急に怖くなった。

 嫌な予感がする。そこに何か重大な秘密が隠されているような気がして。


「魔族が開戦してくると恐怖に怯えた妖精は、を作り出した。それが――」

「まさか……それって」

「えぇ。それはね――」


 私の予想通りなら、人類はかなり恐ろしいことに巻き込まれていることになる。

 これは魔族による人類への侵略戦争などではない。戦争における人類の位置が大きく変わってしまう。


 そして、彼女は口に出した。


 妖精が魔族を狩るために作り出した兵器の名前を。












「それはね――魔法少女のことよ」













「魔法少女は……人間が魔族に対抗するための手段だったはず……!」

「いいえ。そう考えているのは人間だけ。本来は妖精が持つただの兵器にすぎない」

「だって……!」

「数万年という時間が流れ、この世界には人類という知的生命体が地上に溢れていた。うまく彼らを利用して自分たちの兵器にできれば、魔族に勝てる。兵器の材料はたくさんあるし、戦闘に不向きな自分たちが戦う必要も消える――妖精はそう考え、魔法少女の生産を実行した」

「そんな……」

「私たち魔族は魔法少女の性能に怯えた。彼女らが持つ強力な魔法攻撃は、鍛えた肉体すらも簡単に打ち砕く。こんなものを量産されたら、今度こそ魔族は終わりになってしまう、と」


 彼女の話を受け入れられない私を他所に、蟻兵は戦争の経緯を語り続ける。


「そこで私たちは、魔法少女の素体そたいとなる人間を消すことを考えた。人間の生きている社会を掌握するため、彼らのエネルギー源となる石油などの資源を差し押さえる。そのおかげで、どうにか妖精より上手に人類を駒にできた。さらに戦力を増やすため、死神ウイルスもばら撒いた」

「魔法少女を殺すために……みんなを……殺したの?」

「ええ。この世界に住む人間をどう活用するかが、この戦争の行く末を左右する鍵となったのよ」


 本当に彼女の言うことが正しいのならば、魔族と人間の戦いが始まった原因は魔法少女の誕生にある、ということになってしまう。


 つまり、私たちだ。

 魔法少女だった私だ。


 魔法少女は妖精が魔族への対抗手段として提供してくれたものだと。いや、もしかするとのかもしれない。少なくとも私は戦争が本格的に開始された直後に魔法少女になったため、そう思っていた。

 しかし、私の妹である有紗は戦争のずっと前から魔法少女だったのだ。それは、人間を守るためなどではなく、妖精が自分自身を守るため。


 魔法少女さえ生まれなければ、人間は魔族に狩られなかったことになる。

 私たちが魔法少女にならなければ、それで平穏に済んでいたのだ。


「人間が害虫を消すために卵がたくさんある巣を破壊するのと同じように、私たちも魔法少女が生まれる前の人間を消し始めた」

「害虫って……あなたたちから見れば、私たちは害虫程度にどうでもいい存在だったのかもしれない! でも――!」


『害虫』

 その例えに、私の声は怒りと戸惑いで震えていた。


「私たちにも暮らしがあった! 守りたいものもあった! ずっと平穏に過ごしていたかった! なのに、勝手にあなたたちの戦争に巻き込まないでよ! あなたたちにとって害虫にしか見えない私たちでも、必死に生きてたんだよ!?」


 妖精や魔族にとって、人類は駒となる存在に過ぎなかった。


 魔法少女は単なる兵器。

 人間はその卵。


 どっちも私たちのことを、敵とも味方とも見ていなかったのだ。


「例えが悪かったわね、謝るわ。私たち魔族も妖精も、人間の命を軽く見ていたことは否定できない。だから戦争に巻き込んでしまった」


 そのとき――


「いいや、人間は害虫ダ。この世界に巣食ウ、どこまでモ目障りな連中さ」


 ズシンズシンという振動とともに、別の魔族の気配が接近してくる。

 この気配の感覚は……間違いない。以前にも戦ったことのあるだ。


「やっぱり、あなたもここにいたのね。蠅の王ベルゼブブ


 私は気配の発信源へと視線を向けた。

 そこには、蟻兵によって塞がれた魔界繋留基地への穴。高く積まれた瓦礫の向こうから酷くおぞましい殺気が放たれている。


 ドォオオオン!


 次の瞬間、穴を埋めていた瓦礫が粉々になって吹き飛び、煙の奥から漆黒の巨躯が現れた。蠅の王ベルゼブブ騎兵トルーパー。4本足の、ハエトリグモのような体格。その頭部から放たれる複数の赤い眼光がこちらを睨んでいる。森羅万象を飲み込むプレッシャーが私たちに襲いかかった。


「どういうつもりかしら、蠅の王ベルゼブブ。私の謝罪を無碍むげにするつもり?」

「事実を言っただけダ。人間など妖精よりモ醜悪で愚かな生命体だったさ。経済というシステムに囚われ、同類すらも簡単に殺す。だから我々にも上手うわてを取られ、絶滅の危機に瀕しているのではないか?」


 巨体が私を見下すように眺める。そいつは生気の篭ってない冷酷な目をしていた。


「それを見て、ワタシは思った。魔族こそ、こノ世界の支配者に相応シいと。人間と妖精を滅ボし、この世界の全てを手中に収メるのだ」

「強い力を手に入れて思い上がったか」

「これは思い上ガりではなく、自然ノ摂理だ。強者が弱者ヲ支配する、それダけのこト」


 蠅の王ベルゼブブは動けない蟻兵の前に歩み寄る。


「支配よリも防衛に重点を置いたよウな貴様の考え方に、もうワタシは付き合い切れん」

「何だと?」

「魔王の役割はワタシに移させてモらう」


 そして――


 ドスッ!


 蠅の王ベルゼブブから伸びた隠し腕が、蟻兵の体を貫いた。

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